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温泉ライターが本気で推す温泉本#8『ぶくぶく自噴泉めぐり』
温泉の沼にハマり、湯めぐりを始めてから20年。その間、数多くの先人たちの書籍から温泉について学んできた。
そこで、私がこれまで読んできた温泉関連書籍の中から、特に影響を受けてきた本を紹介していきたい。
第8回は、『ぶくぶく自噴泉めぐり』(篠遠 泉、長岡 努、永瀬 美佳著)(山と渓谷社)。
ありそうでなかった本である。本書のタイトルにある「ぶくぶく自噴泉」とは、湯船の底で湧出している温泉を指す。「足元湧出泉」という呼び方が一般的である。
「足元湧出泉」は、温泉の理想的な状態とされる。温泉は空気に触れると酸化し、劣化がはじまる。魚や野菜と同じように、温泉も鮮度が命。入り比べてみるとよくわかるが、湧きたての湯と何時間も放置された湯では、入浴感がまったく異なる。
日本には数多くの温泉が湧いているが、足元湧出の湯に入浴できる湯船はかぎられる。「源泉かけ流し」にフォーカスした書籍は少なくないが、本書のように足元湧出泉に特化した書籍が存在しなかったのは、あまりにその数が少ないがゆえであろう。
日本には2万以上の温泉施設が存在するが、足元湧出泉はほんのひと握りである。30カ所くらいしかないという記述をよく書籍や雑誌で見かけるが、私の見立てでは、入浴可の野湯なども含めれば、ざっと100カ所未満。そのうち、本書には70カ所の足元湧出泉が掲載されているのだから、まさに「足元湧出泉大全」と言っても過言ではない。
足元湧出泉においては、泉温が重要である。当たり前だが、温泉は天地の恵みなので、人間が入浴するのにちょうどいい泉温で湧き出しているとはかぎらない。
25℃以下の冷たい温泉もあれば、100℃近い激熱の温泉もある。泉温が高すぎれば、いくら足元湧出泉でも加水しなければ入れない。水で埋めれば、そのぶん温泉の成分が薄まってしまうので、足元湧出泉のありがたみも薄れてしまう。
だから足元湧出泉の泉温は、「熱すぎず冷たすぎず」がベスト。足元湧出泉の湯に快適に浸かるには、湯船の大きさや個人の好みにもよるが、32℃~50℃くらいの泉温が理想である。
温泉は人間の都合に合わせて湧いているわけではない。足元湧出泉で適温というのは、奇跡的としか言いようがない。
本書でも、足元湧出泉を「奇跡の湯」と称え、こう述べている。
ぶくぶく自噴泉は、湯船の中で湧いた湯にそのまま入るのだから、100度近い高温ではいけない。湧出量に見合った湯船の大きさではなければ湯が足りなくなる。さらに、ブームによって温泉地が近代化されたときに、改修されずにそのまま残された湯でもある。まさに、入湯できる温泉で適量の湯が湧出し、近代化という荒波から逃れた‶奇跡の湯″なのだ。
ちなみに、本書に掲載されている足元湧出泉のうち、私が入浴しことがあるのは85%ほど。どこも甲乙つけがたいほど、すばらしい源泉ばかりである。
私が、最初につかった足元湧出泉は法師温泉・長寿館(群馬県)である。明治28年に完成した大浴場「法師乃湯」(混浴)は、半円形の窓がついた鹿鳴館風の木造の建物で、国の登録有形文化財。1世紀以上の時を刻んでいるだけあって、日本人であれば誰もが「なんだか、懐かしいなあ」と思ってしまうような空間である。
湯船につかると、透明湯が底からプクプクと湧き出しているのがわかる。4つに仕切られた湯船には、透明度の高いピュアな湯が満たされている。これらはすべて湯船の底に敷き詰められた玉石の間からぷくぷくと湧きだしているのだ。
もちろん、加水も加温も一切なしの100%源泉かけ流しである。ちょうど入浴に適した43℃の湯が湧き出しているので、人間の手を加えることなく、湯浴みを楽しめる。これぞ奇跡の湯である。
足元湧出泉のひそかな楽しみは、源泉が湧き出している部分に自分の体をのせること。ぷくぷくと湧き出す湯が体に当たる感触が、なんともいえず心地よい。まさに大地の贈り物である温泉に体が包まれていくような感覚になる。
なお、本書によると、「湯が湧出している場所は、左奥から右手前に斜めに続いている」という。つまり、湯脈が浴舎に対して斜めにあるということ。これには気づかなかった。今度訪ねたときに確かめてみよう。
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