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温泉ライターが本気で推す温泉本#11『温泉失格』

温泉の沼にハマり、湯めぐりを始めてから20年。その間、数多くの先人たちの書籍から温泉について学んできた。

そこで、私がこれまで読んできた温泉関連書籍の中から、特に影響を受けてきた本を紹介していきたい。

第11回は、『温泉失格――『旅行読売』元編集長、覚悟の提言』(飯塚玲児著、徳間書店)

いい温泉の条件とは何か?

そう尋ねられたら、私は「鮮度が高い温泉」と答えている。

温泉はビールや鮮魚と同じで、新鮮であればあるほど源泉のもつ個性や効能を享受できる。源泉は空気に触れれば酸化して成分が変わってしまうし、入浴客で混雑していれば、当然湯は汚れ、鮮度は落ちていく。

湧きたての温泉にそのまま入浴すること、それが源泉の力を最大限に引き出す。「足元湧出泉が理想形」というのも、鮮度が担保されているからである。

だが、本書『温泉失格』を読む前は、「鮮度の高さ」ではなく、「源泉100%かけ流しであること」がいい温泉の条件だと答えていた。

なぜ、この表現をやめたかというと、本書が指摘するように「源泉かけ流しの湯船は必ずしも清潔とは限らないから」である。

ご存じのとおり、「源泉かけ流し」とは、常時新しい源泉を湯船に投入しながら、そこからあふれた湯を使い回さない方式のことである。源泉を使い回す循環ろ過方式とは対極にある湯の使い方である。

今ではすっかり、「源泉かけ流し=いい温泉」というイメージが一般に定着しているが、これを無批判に信じることには問題がある。源泉かけ流しを無条件にありがたがる温泉愛好家や温泉関係者のことを、本書では「源泉かけ流し原理主義」「源泉100%かけ流し教」などと呼んでいる。

たとえば、源泉かけ流しを謳う温泉施設であっても、大きな湯船にちょろちょろとしか新湯が注がれていなかったらどうだろう。湯船の清潔感を保つためには、(入浴客数などにもよるが)1時間に1ターンのペースで浴槽の湯が入れ換わる必要があるという。

しかし、新湯の投入量が少なければ、入浴する人が増えれば増えるほど、湯は汚れていくし、鮮度を失う。また、時間がたって泉温の低くなった湯は湯船の底部に滞留しがちであるため、沈殿した汚れや髪の毛はいつまで経っても湯船の外に流れ出ていかない。

最近のスーパー銭湯の中には、かけ流しの湯船が設けられている施設が増えている。これも「源泉かけ流しこそいい温泉」というイメージが広がっているがゆえであり、ときには順番待ちが出るほどかけ流しの湯船は人気がある。

しかし、何度も言うが、多くの人が利用すればするほど、湯は汚れ、鮮度が落ちる。それどころか「不衛生」といえる状態に陥ることさえ考えられる。それでも「源泉かけ流し=いい温泉」といえるだろうか。ちなみに、1時間に1ターンのペースで浴槽の湯が入れ替わるのは、温泉施設全体の1割程度に過ぎないとされる。

私も温泉にハマり始めた頃は、「源泉100%かけ流し教」の信者であった。源泉100%かけ流しこそが正義で、循環ろ過は悪とさえ思っていた。

だが、本書で指摘されているように、「源泉かけ流しでは湯船の清潔度を維持できないため、循環ろ過方式が生まれた」というのが歴史的な流れである。「源泉かけ流しならすべて、湯が清潔で鮮度も高い」というのは幻想にすぎないのだ。

それでもなお、私個人は「源泉かけ流しが理想」であるという考えは変わらない。やはり源泉かけ流しと循環ろ過している湯とでは、入浴したときの気持ちよさがまったく異なる。3016湯の旅を通して、そのことを自分の肌で実感した。

だが一方で、幾多の温泉に入ることを通じて「源泉かけ流しが絶対ではない」ということも経験的に学んできた。循環ろ過していても湯の個性が失われていないケースもあるし、反対に源泉かけ流しでも物足りなく感じるケースもある。

また、温泉は源泉の使い方だけでなく、温泉地や旅館の風情、歴史、文化、風景、人との交流などさまざまな面から総合的に評価されるものだと思う。「源泉はまあまあだけど料理が最高」「100%かけ流しではないけど、宿の雰囲気やおもてなしがすばらしい」というケースも多々ある。

2013年の出版当時、本書の主張は温泉業界の関係者に衝撃を与えるとともに、賛否両論を呼んだ。「源泉かけ流し=正義」という画一的な見方に一石を投じたことは、温泉の魅力を再考するうえでも大変価値があったと考えている。

だが、世間一般には「源泉100%かけ流し教」ともいえる思い込みは、まだ根強く残っているのも現実である。

温泉の趣味嗜好は人それぞれなので、それを否定するつもりはないが、温泉に関する正しい知識をもつこと、頭ごなしにかけ流し以外の温泉を否定しないことは、温泉愛好家として大切なことではないだろうか。

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