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低酸素トレーニングの効果を科学的根拠に基づいて調べてみた。


はじめに

低酸素トレーニングとは?

低酸素トレーニングとは、酸素濃度が通常よりも低い環境で運動を行うトレーニング方法です。標高の高い場所でのトレーニングが代表的ですが、近年では街中の室内に専用の設備を使って、どこでもこのトレーニングが可能になりました。低酸素環境では、体が酸素を効率的に使おうとし、これにより持久力やパフォーマンスの向上が期待されます。アスリートだけでなく、健康維持や効率的な運動を求める一般の方にも注目されています。

この記事の目的

この記事では、低酸素トレーニングの効果を科学的な視点から詳しく解説いたします。低酸素環境での運動が体にどのような影響を与え、どのようにパフォーマンスを向上させるのかを、海外の研究結果をもとにわかりやすくお伝えしようと思います。
低酸素トレーニングって聞いたことあるけど、実際どうなの?と思っている方は、是非ご参考にしてみてください!

低酸素環境の影響:身体への基本的なメカニズム

酸素濃度と低酸素環境が与える生理的影響

酸素濃度が低い環境に身を置くと、体はさまざまな生理的反応を示します。酸素濃度は、通常の大気中では約20.9%です。しかし、高地に行くとこの濃度は徐々に低下し、例えば標高2,500メートルでは約15%、5,000メートルでは約10%まで下がります。
低酸素環境では、酸素の供給が通常よりも制限されるため、体は生存とパフォーマンスを維持するためにさまざまな生理的適応を起こします。
以下に、低酸素環境が体に与える主な影響について説明します。

  1. 呼吸と心拍数の増加
    低酸素環境では、体内の酸素が不足するため、呼吸中枢が刺激され、呼吸数が増加します。これは、酸素を取り入れるための反応です。呼吸が速くなり、深くなることで、肺に取り込まれる酸素の量を増やそうとします。また、心臓も酸素を全身に送り届けるために、心拍数を上げ、血液をより速く循環させるようになります。この反応により、体は酸素不足を補おうとします。

  2. 血液の酸素運搬能力の向上(赤血球の増加)
    体は低酸素状態に適応するため、赤血球の生成を促進します。赤血球は血液中のヘモグロビンによって酸素を体中に運ぶ役割を持っており、その数が増えることで酸素運搬能力が向上します。これが、高地トレーニング後に平地に戻った際に持久力が向上する理由の一つです。この適応は、特に長期間にわたって低酸素環境に身を置く場合に顕著と言われています。

  3. 血液の酸素飽和度の低下
    酸素飽和度とは、血液中のヘモグロビンがどれだけ酸素を運んでいるかを示す指標です。通常、平地では酸素飽和度は96-99%ですが、標高が上がるとこの数値は低下し、85%程度になることもあります。この変化により、体はより効率的に酸素を利用する方法を模索反応が起こります。

  4. 血管の拡張と血流の増加
    低酸素環境では、酸素を供給するために血管が拡張し、これにより、血流が増加します。そして酸素が体の隅々まで効率的に運ばれるようになります。血流の増加は、筋肉や臓器に十分な酸素を供給するための重要な適応反応であり、パフォーマンスの維持に寄与します。

  5. エリスロポエチン(EPO)の分泌増加
    腎臓は低酸素状態を感知すると、エリスロポエチン(EPO)というホルモンを分泌します。EPOは骨髄に働きかけ、赤血球の生成を促進します。この過程は特に高地での長期滞在やトレーニングで顕著です。

  6. エネルギー代謝の変化
    低酸素環境では、エネルギーの生産に影響を与えるミトコンドリアの機能が変化します。酸素が限られているため、体はエネルギーをより効率的に生産するために、酸素依存のエネルギー代謝から酸素非依存の代謝経路を増強します。この適応により、体は酸素を節約しながらも、必要なエネルギーを確保することができます。

  7. 血圧の変動
    低酸素環境では、血圧にも影響が出ます。酸素が不足すると、体は血液を重要な臓器に優先的に送り届けるために血管を収縮させることがあります。この結果、一時的に血圧が上昇することがありますが、これは体が酸素を効率的に供給するための一時的な適応反応です。

  8. 乳酸の蓄積
    低酸素環境では、酸素供給が限られているため、筋肉はエネルギーを作り出すために無酸素性代謝を利用することが増えます。これにより、乳酸が蓄積しやすくなり、筋肉疲労を感じることがあります。しかし、体がこの環境に適応すると、乳酸の処理能力が向上し、運動後の回復が速くなることも期待できます。

低酸素トレーニングの主な効果と科学的根拠

体重・体脂肪の減少

低酸素環境では、体は酸素不足に適応するためにエネルギー代謝を活性化させます。この結果、カロリー消費が増え、脂肪燃焼が促進されます。これにより、体重と体脂肪の減少が促進され、ダイエットや体脂肪率の改善に役立つと言われています。

ある研究では、被験者を低酸素環境(15%)と通常環境(20%)にランダムに割り当て、週に3回、90分間の運動を実施し、その結果を比較しました。その結果、低酸素環境下での8週間の低強度運動が、通常環境での運動と比較して、肥満者の体重減少をより効果的に促進することを示していました。

Netzer NC, Chytra R, Küpper T. Low intense physical exercise in normobaric hypoxia leads to more weight loss in obese people than low intense physical exercise in normobaric sham hypoxia. Sleep Breath. 2008;12(2):129-134. doi:10.1007/s11325-007-0149-3

筋肉量の維持・向上

低酸素トレーニングでは、筋肉に対しても大きなメリットがあります。通常のトレーニングと比較して、低酸素環境での運動は筋肉に負荷がかかりやすく、筋肉の維持・成長が促されます。また、低酸素状態でのエネルギー供給が制限される中で運動を行うことで、筋肉は酸素を効率的に利用し、強化されます。これにより、筋肉量の維持や筋力の向上が期待できます。

ある研究では、低酸素環境下でのレジスタンス運動が筋肥大と筋力向上に与える効果を評価している調査があります。調査手法としては、文献レビュー比較研究が用いられ、既存の研究を総合的に分析することで、低酸素トレーニングの有効性が確認されました。
【研究結果】低酸素環境下でのレジスタンス運動は、通常の酸素環境下でのトレーニングと比較して、筋肥大と筋力向上に対して有意に効果的であることが示されました。低酸素トレーニングは、筋肉の代謝ストレスを増加させることにより、筋肉の適応を促進する効果があるとされています。

Feriche, B., García-Ramos, A., Morales-Artacho, A.J. et al. Resistance Training Using Different Hypoxic Training Strategies: a Basis for Hypertrophy and Muscle Power Development. Sports Med - Open 3, 12 (2017). https://doi.org/10.1186/s40798-017-0078-z

持久力(心肺機能)の向上

低酸素環境でのトレーニングは、心肺機能を強化するのに非常に効果的です。酸素が限られているため、心臓と肺は酸素を効率的に供給するためにより多く働かなければなりません。この過程で、心拍数が上昇し、肺の酸素摂取能力が向上します。結果として、平地に戻った際には、酸素をより効率的に利用できるようになり、持久力や全体的なパフォーマンスが向上します。

ある研究では、低酸素環境でのインターバルトレーニングが、運動習慣がない男性の最大酸素摂取量(VO2max)第2換気閾値(VT2)効果的に向上させることを示しています。研究方法としては、48人の参加者を無作為に3つのグループに分け、4週間にわたって異なる環境でトレーニングを実施し、効果を比較。結果として、低酸素トレーニングは、通常環境でのトレーニングに比べて、VT2での最大出力と酸素摂取量の向上に有効であることが確認されました​。つまり、持久力の向上に効果的であると言えます。
※最大酸素摂取量(VO2max):運動中に体が取り込める酸素の最大量
※第2換気閾値(VT2):運動中に呼吸が急激に増加し始めるポイント

Maciejczyk, M.; Palka, T.; Wiecek, M.; Szymura, J.; Kusmierczyk, J.; Bawelski, M.; Masel, S.; Szygula, Z. Effects of Intermittent Hypoxic Training on Aerobic Capacity and Second Ventilatory Threshold in Untrained Men. Appl. Sci. 2023, 13, 9954. https://doi.org/10.3390/app13179954

回復力の向上

低酸素トレーニングは、トレーニング後の回復力を高める効果もあります。酸素不足に適応する過程で、体はエネルギーを効率的に利用し、疲労物質の処理が速くなります。特に、乳酸の除去が速まることで、運動後の筋肉疲労が軽減され、次のトレーニングや日常活動に早く戻ることができます。また、低酸素環境でのトレーニングは、体全体のリカバリーシステムを強化し、全体的なコンディションの改善にも寄与します。

ある研究では、低酸素環境下での反復スプリントトレーニングがチームスポーツ選手の持久力と疲労回復に与える影響を評価し、通常環境でのトレーニングと比較して、筋力向上や疲労耐性の改善に効果的であることを示しています。調査では、さまざまなプロトコルを用いて効果を検証し、低酸素トレーニングの有効性を強調しています。

Advancing hypoxic training in team sports: From intermittent hypoxic training to repeated sprint training in hypoxiaNovember 2013
British Journal of Sports Medicine 47(Supp):45-50

ミトコンドリアの増加と効率化

低酸素環境では、体が酸素を効率的に利用しようとするため、ミトコンドリアの数が増加します。ミトコンドリアが増えることで、細胞内でのエネルギー生産が効率化され、運動中の持久力が向上します。特に、持久系スポーツにおいては、このミトコンドリアの増加がパフォーマンス向上の鍵となります。

ある研究では、低酸素トレーニングが筋肉のミトコンドリア新生と血管新生を促進し、持久力向上に寄与することを確認しました。研究方法として、マウスを6週間、異なる低酸素トレーニングプロトコル(LHTLとLLTH)で実施し、その効果を検証しました。ただし、研究はあくまでマウスを対象としております。
LHTL (Live High-Train Low):高所に住みながら低所でトレーニングを行う方法。
LLTH (Live Low-Train High):低所に住みながら高所でトレーニングを行う方法。

Zhao YC, Guo W, Gao BH. Hypoxic training upregulates mitochondrial turnover and angiogenesis of skeletal muscle in mice. Life Sci. 2022;291:119340. doi:10.1016/j.lfs.2021.119340

低酸素トレーニングの種類

低酸素トレーニングには、さまざまな方法があり、主に環境に応じて区別されます。以下に代表的な3つの種類を説明します。

1. 高地トレーニング

高地トレーニングは、実際に標高の高い自然環境で行われるトレーニングです。標高2,000メートル以上の地域では酸素濃度が低下し、身体は自然に低酸素状態に適応します。この環境でのトレーニングは、酸素運搬能力の向上や赤血球の増加を促し、持久力の強化に効果的です。ただし、トレーニングには高地への移動や滞在が必要となり、天候の影響を受けやすいという特徴があります。

2. ”低圧”低酸素トレーニング

低圧低酸素トレーニングは、室内で気圧を下げることで高地環境を再現する方法です。専用のチャンバー内で行われ、自然な高地の低酸素状態を再現します。これにより、高地トレーニングに近い効果を得ることが可能です。実際の山と違って、気象条件に左右されず、安定した環境でトレーニングできるのが利点です。

3. ”常圧”低酸素トレーニング

常圧低酸素トレーニングは、室内で酸素濃度のみを下げた環境で行うトレーニング方法です。気圧は通常のまま保たれるため、比較的手軽に低酸素環境を作り出せるのと、頭痛などの高山病の症状が発症しにくいため、運動強度を落とさずにトレーニングを実施することが可能となります。

低酸素トレーニングのリスクと注意点

低酸素トレーニング時の安全対策

低酸素トレーニングは、適切に行えば持久力やパフォーマンスの向上に効果的ですが、安全対策を怠るとリスクが伴うことがあります。当ジムでは、トレーニング前およびトレーニング中に厳格な安全確認を実施し、利用者の健康を最優先に考えています。以下に、実際に実施している安全対策について説明します。

1. トレーニング前の安全確認チェック

低酸素トレーニングを開始する前には、お客様の体調を確認するためのアンケートを実施しています。このアンケートでは、睡眠時間、飲酒、疲労感、体温(熱の有無)などについて質問し、トレーニングが安全に行える状態かどうかを事前に自己申告していただきます。また、血圧、心拍数、血中酸素飽和度(SpO2)の測定も行い、異常がないかを確認していただきます。

2. トレーニング中のモニタリング

トレーニング中は、10分間隔でSpO2と心拍数をパルスオキシメーターで測定し、お客様にて健康状態やトレーニング負荷を継続的に確認いただいています。SpO2の急激な低下や心拍数の異常が見られた場合は、運動強度を下げていただくことをお伝えしています。このようなモニタリングを行うことで、リスクを最小限に抑え、安全にトレーニングを続けることができると考えています。

過剰な低酸素状態が引き起こすリスク

低酸素トレーニングは、適切に行えば効果的な手法ですが、過剰な低酸素状態にさらされると、健康にリスクをもたらす可能性があります。酸素が不足すると、体内で以下のような問題が生じることがあります。

1. めまい・頭痛

酸素供給が十分でない場合、脳に酸素が行き渡らず、めまいや頭痛を引き起こすことがあります。これらの症状は、軽度であってもトレーニングを続けるべきではなく、速やかに休息を取る必要があります。

2. 疲労感の増大

過度の低酸素状態では、体が酸素不足に適応しようとするため、通常よりも早く疲労を感じることがあります。これにより、トレーニングのパフォーマンスが低下し、効果が得られにくくなる可能性があります。

3. 心拍数の異常

低酸素状態が続くと、心拍数が異常に上昇することがあります。これは、心臓が酸素を全身に供給しようと過剰に働くためであり、長期的には心血管系に負担をかけるリスクがあります。

4. 意識障害

最も深刻なリスクとして、極端な低酸素状態により意識障害や失神が発生することがあります。これらの症状は、直ちに医療機関の受診が必要となる重大な事態を引き起こす可能性があります。

以上のように、低酸素トレーニングを安全に行うためには、適切な酸素濃度の管理と体調のモニタリングが不可欠と考えています。
過剰な低酸素状態を避けることで、トレーニングのリスクを最小限に抑え、健康的で効率的なトレーニングを継続していけると思います!

おわりに

低酸素トレーニングを取り入れる際のアドバイス

低酸素トレーニングは、持久力やパフォーマンスを向上させるための強力な手法ですが、その効果を最大限に引き出すためには、適切なアプローチと安全対策が欠かせません。

1. 段階的に始める

低酸素トレーニングを初めて行う場合は、徐々に強度を上げていくことが重要です。体が低酸素環境に慣れるまで、無理せずに段階的に進めることで、安全に適応を促すことができます。

2. 体調管理を徹底する

トレーニング前後の体調管理は不可欠です。特に、睡眠や栄養状態に注意し、トレーニングの効果を高めると同時に、リスクを減らすために体調を最適な状態に保つよう心がけましょう。

3. プロフェッショナルの指導を受ける

低酸素トレーニングは高度な技術を要するため、専門家の指導を受けることを強くお勧めします。適切なトレーニングプログラムの設計や、トレーニング中のモニタリングにより、効果を最大化しつつリスクを最小限に抑えることができます。

4. 安全確認を怠らない

トレーニング中は常に自分の体調や状態を確認し、異常を感じたらすぐに中止する勇気も必要です。特に、過剰な低酸素状態が引き起こすリスクを理解し、適切に対応できるよう準備しておきましょう。

低酸素トレーニングは、上手に取り入れることで、競技力や持久力を高めるだけでなく、日常のダイエットや健康維持にも大いに役立ちます!
無理なく楽しみながら運動を続けていきたい人は、是非ともライフスタイルに取り入れてみてください。
日々の健康維持や運動習慣の向上にも、きっと効果を感じられると思います。


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