マンゴーラッシー
近所にネパール人が経営するカレー屋がある。
味も、店員の片言具合も、おかわりのナンが異常に熱いのも、小さいテレビで流れる必殺仕事人も、その全てが僕にとってちょうどいい。
バターチキンカレーってなんでこんなにも美味しいのだろうか。
その日は店内にサラリーマンと僕の二人がいた。
いつものようにタンドリーセット(二種類選べるカレーはバターチキンとキーマカレー)を頼む。
ラッシーの民度はもっと高まるべき。
次に女子高生が巻き起こす飲み物ブームのルーレットには選ばれないのだろうけど。
ネパールなのに食べているのはカレーで、テレビに流れるのは時代劇、こんなにもグローバルを感じるランチタイムは他にない。
必殺仕事人は終盤、どっかの悪いお代官様を成敗するシーン。それを見ながら少し嬉しそうにカレーを食べるサラリーマン。
「やっぱこれだよな」という顔にえらく幸せを感じた。
アメリカ風のテレビショッピングに画面が切り替わる。三つ足の杖で50万本をセールスしたらしい。
「おばあちゃんに買ってあげようかな...」
「いや、要らないでしょ。」
「ん?」
雨宮の声がした。雨宮舞子。
カレー屋、小さいテレビ、テレフォンショッピング。
「HEROっぽいな」
隣で松たか子がカレー食べてないかな、あのネパール人の店員「あるよ」って言わないかな。
自分がキムラ信者であることを思い出す。本当の木村拓哉好きは“キムラ”呼びだから。
また来ます。そう口には出さずお店を後にした。
人間観察が好きで癖なのだが、特に他人の小さな幸せを探すのが好き。
例えば、駅のホームで同じ電車を待っている仕事帰りのサラリーマンが下げているコンビニ袋にうまい輪めんたい味が見えたことがあった。
「分かってるなこの人」という共感と仕事で疲れて帰宅してからそれを食べるのが至福なのかなと想像すると勝手にだが幸せをお裾分けしてもらった気分になる。
今日も一日お疲れ、また明日も頑張ろうって。
せっかくの代休がもう終わる。
夕方のニュースはサザエさんなんかよりよっぽど明日を知らせる終止符だ。
また有意義に過ごせなかった、誰かが休むということは誰かが働いてるんだぞ。
夏の終わり、自転車に乗って受ける風は心地いい。夏は大胆で儚い。一番好きな季節。
「まあいっか」
タンドリー色に染まった指と夕陽の色が綺麗だった。