まもなく40歳。思春期。【連続小説5日目】
「第3営業局の発展を祈って!よーお!」
「パン!」
新橋の夜にサラリーマンたちの合掌が響く。
佐藤道夫の努める広告代理店、Aは新橋に本社を構える日本有数の巨大企業だ。一時は業績不振であわや倒産か?とニュースを騒がせたが、なんてことはない。今は業績も好調。株価も上昇している。
道夫は現在39歳。2年前にクリエイティブ部門から営業に異動となった。道夫の年齢で、しかも未経験の営業に異動。周囲も道夫自身もびっくりの人事だった。クリエイティブ部門ではある程度の結果を残し人付き合いのいい道夫がなぜ異動しなければいけないのか。当時は疑問だったし、転職も本気で考えた。
ただ、冷静になって考えればトップクラスの成績を残したわけではない。いるかいらないかで言えばいるけど、いなくなっても変わりはいる。そんな存在ではあった。
ちょうど、営業も道夫と同年代の社員が退職したこともあり、道夫に営業行きの切符が渡されたわけだ。
道夫も思春期のガキじゃない。
ふてくされて仕事をしなくなるなんてことはなく、むしろ営業で結果を出してやろうと意気込んだ。まずは営業を一から学んでそれなりの数字を出してやろう。セミナーに通い、本も読んだ。もともと人付き合いもよく、口も回るほうだったので、部署でも中の上、上の下くらいの数字は叩き出せた。
ただ。そこで止まった。
業界的にどうしても古い人付き合いで決まる部分がある。10年から営業をやっている後輩たちは流石に勘所を分かっているし、どこをどう押さえればいいか把握していた。特に道夫の務める第3営業局は老舗メーカーがお得意先であることが多く、人付き合いがかなり大きなウェイトを占める。
道夫自身はそれが嫌というわけではなく、むしろ積極的に関わりに行っていたが、他社が、同僚が作り上げた強固な人間関係を崩せずにいた。そうこうしているうちにもう40目前。空いているポストは少ない。
「たぶんあいつが俺の上司になるんだろうなー」
ぼんやり見つめる先には一つ年下のエース営業マンがいる。新人から営業一筋で今期も売上トップ。威張りもせず、道夫のような他の畑の人間の話も熱心に聞いてくれる。
目の前でポストが埋まっていく。
悔しいという気持ちは既になく、「仕方ない」という諦めの気持ちが強くなっていた。
たかが営業2年のやつが10年戦士に勝てるわけもなく。そして目の前の席は一度座られたらあと5年は空かない。5年たてば44歳。もうそこに自分の席はない。
「あれ?二軒目いかないんですか?佐藤さんと飲む機会少ないんだから、もう少し話しましょうよー」
後輩から誘われるも、やんわり断ってJR新橋駅へ向かう。
嫌ではない。彼らは本当に自分を慕ってくれているし、心から道夫の経験を知りたがっている。それは分かる。
しかし、今の道夫では駄目だった。今、自分には明るい話ができない。会社の愚痴、自分がいかに無力か。そんな話しか出来ない。それは若人に聞かせる話じゃない。
今は帰る。
ピッピとなる改札にスマホをかざす。
「次」を見つけなければいけない。その「次」が分からない。
中学生のような、高校生のような。でもあのころと違うのは義務感と焦燥感だ。早くしないとマズい。転職でも副業でも趣味でも。今の状況を変えないと。でも何から手をつけたらいい?ただ高速で流れる縦動画を見ながら、立ち尽くしていた。
30代サラリーマン2児の子持ち。某メディアで勤続10年あまり。写真と本と日々思いついたことを書いていきます。カメラはa7iii。下手の横好き。贔屓チームはヤクルト。