ヒーローになりたかった少年の唄2022④
アウトソーシングのススメ 〜勿体ないこと〜
人には向き不向きというのがある。
僕は「淡々と同じ事を繰り返す作業」が本当に苦手で、これははっきりいってあいつはアホではないかと思われるくらいのレベルなのだ。
例えば、ピーナッツの殼むき作業。
こういう作業をずっとするのが本当に苦痛で、だから殻付きのピーナッツを食べる時には、嫌な殼むきは先に気合い入れて全部やってしまって、ハダカになったピーナッツを皿の上に山盛りにしてからむさぼり食うのだ。
下品だと言われるが、仕方がない。
殼むきして一粒、また殼むきして一粒なんていう食い方をしたら、全く味など堪能できない。
そんな食い方だと、結局殻をむき続けた苦痛だけしか僕の心に残らないので、せっかくの美味しい八街産の高級ピーナッツも、味すら堪能されることなく僕の排泄物となってしまう。
そんな「勿体ない」事が許されるものか。
八街産の高級ピーナッツは、めちゃくちゃ高価なのだ。
カニにしても、ピスタチオにしても、デラウェアにしても、全て先に全部殻や皮をむいてしまわないと、僕にとっての美味しい食べものにはなりえないのだ。
1000円のカニを食う時に、カニの殻をむく人を500円で雇っても「勿体ない」とは全く思わない。
そのほうが1500円の美味しいカニを堪能できて満足できる。
それほどに、僕はそういう作業がダメなのだ。
昔、お金に困って派遣会社に登録したことがある。
そういうところの仕事は、僕の嫌いな工場労働的な単純作業が多いことは知っていたので、それまで登録した事がなかったが、背に腹はかえられないので仕方なく登録した。
僕が与えられた職場はオモチャの袋詰め工場だった。
確か日給9500円からとかなんとか。
子供向けのクリスマスプレゼント用のオモチャを何個かまとめてひとつの袋に入れるという、非常に単純な作業だが、その割には当時としては日給も良く、ハードな体力仕事が多い派遣会社の仕事の中で「この現場は当たりだ」と言う人も結構いると担当のスタッフは言っていた。
僕は意外と手先が器用なので、袋詰めのコツはすぐ覚えてしまい、周りを見ながら、他の人に負けない速さと精度を保とうと自分なりに努力した。
同じ日に入った初心者作業員の中では、多分仕上がりも速さもかなり上位だったはずだ。
最初のうちは……。
2〜3時間くらいやると、休憩が15分くらいある。
タバコ吸いの僕は、とりあえず一目散に喫煙所に駆け込んだ。
すでに結構、メンタルは限界にきていた。
喫煙所に集まってくるメンツには僕よりだいぶ歳のいった人が多くて、皆黙ってシブい顔をしながらタバコを吸っていた。
そこで60歳をとっくに越えているであろう作業員に声をかけられた。
「お兄さんは今日はじめて?」
「はい…」
「俺はもう1週間くらいコレやってんだけど、こういう単純作業が本当に苦手でねぇ…」
僕と同じだ…
少し親近感が芽生えた。
聞けば、元トラックドライバーでそれなりに稼いでたんだけど、事故をやって長い免停になってしまい、仕方なく派遣会社に登録したらしい。人身事故で重大な過失があって、免許取り消しにはならなかったけど、半年くらいは運転できないらしく、とても辛そうな顔をしていた。
そうこうしているうちに、始業開始のベルが鳴り、また各自が持ち場に戻った。
僕から見て、ベルトコンベアの2~3人分下のほうにそのトラックドライバーの人はいて、あいかわらず辛そうな顔をして作業を始めた。
僕も少しため息をつきながら、いつ終わるともない果てしない袋詰め作業をはじめたのだが、そのうち若い女のヒステリックな大声が聞こえた。
「ちょっとも~!この人形は顔が表になるようにって言ったでしょ!?袋の端も折れてるし、コレ全部やり直しじゃない!!全く使えねぇオヤジだなぁ!!」
監督員である20代前半くらいの女の子が、先程のトラックドライバーに怒鳴っていた。
「すみません、すみません、いますぐ直しますんで…」
と言って、彼は慌ててベルトコンベアの下の方に走っていった。
そして自分の失敗した製品の袋をコンベアから取ろうとして、足が滑って思い切りコケた。
コケた拍子にどこかにぶつけたのか、額からは血が滲んでいた。
それを見たその女の子が、
「なにこのジジイ、かっこ悪っっ!」
と、大声で言った。
周りの作業員たちは、一瞬ほぼ全員が彼女の顔を見たが、すぐまた我に返り、淡々と自分の作業に戻った。
60面を下げて、20歳そこそこの女の子に大勢の前で大声でそう言われてしまった彼はその後、額からは血を滲ませ、髪のセットもほつれてしまい、ますますしょぼくれた辛そうな顔になってしまったのだった。
その後何分か同じ作業をしていた僕だったが、
「クリスマスに子供にあげるオモチャの袋に、こんな優しさのない波動を詰め込んでしまっていいのだろうか…?」
なんて思いはじめたら、なんだかもう一気にやる気が失せてしまい、突然袋もオモチャも放り投げて、その女の子に「気分悪ぃから帰るわ!」と言って僕は現場を去ってしまった。
もちろん給料もなにももらってはいない。
それ以来、僕は自分の苦手な単純労働には一切関わらないように生きてきた。
その時の経験は僕にとって、
「世間というものの厳しさを教えていただいた、貴重な経験だった」
……などとは、全く思わない。
僕がその時に学んだことは、
『人間は、自分に向かない仕事をやるべきではない』
ということだった。
同じ時間と労力を使うのであれば、自分のやりたい自分の得意なことに使った方が、効率もいいし、精神的にも絶対にいい。
それが大して金にならなくてもだ。
そして、自分の苦手な事は人に任す、「アウトソーシング」するという勇気。これが大切だ。
そこに雇用も生まれるのだ。
自分でもできることを、金を払って人に任すなんて「勿体ない」
真面目な人ほどそう思いがちだ。
だが本当は、大切な自分の時間や労力を、やりたくない苦手なことに使ってしまうことの方が、人間にとっては致命的に「勿体ない」のだということを、僕は短い派遣労働で学んだのだった。
よく考えてみればそもそも「派遣会社」というのは、そういうアウトソーシングのニーズを満たすために発展してきたのではないのか?
あ、違った。
自分らの利益のためだけだったわ(笑)