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2│ドリップコーヒーと和装の麗人

如翺ジョコウから寿ジュさんへ

◇ 自分の部屋に戻って来て

 
 私もお茶にさせていただこうと思います。

 寿ジュさんの文章の中で「バナナ(芭蕉ばしょう)」が出て参りましたが、ちょうど、昨日お稽古に来られた方が、大阪・四天王寺近くにお住まいの方で、有名な土産みやげ物のひとつ、バナナカステラ「名代 芭蕉」を持って来てくださいました。
 これには軽くコーヒーかな、と思い、スターバックスのドリップコーヒーを持ち帰りました。バナナカステラを食べて、コーヒーはまだ残しておいて、私のパソコンに向かう時間です。

◇ 二種類のお茶?

「日本には、なぜ、抹茶まっちゃ煎茶せんちゃと、二種類のお茶があるのですか?」という台湾ご出身の方からのご質問。これは面白い質問だと思いました。
 私ならば何と答えるかな、と思いをせる前に、そもそもこのご質問に対して、質問し返してみたい気が起こりました。
 ほうじ茶、番茶、麦茶、黒豆茶……いろいろある中でなぜ「二種類」だけ、それも「抹茶」と「煎茶」を選ばれたのか、そしてそもそもこの方が何を指して「抹茶」「煎茶」とおっしゃっているのか、お聞きしたくなったのです。

 しかし私の疑問に対しては、ほとんど寿さんにお答えいただけたようです。
「茶室で和装の麗人がてる茶――日本文化のイメージとしての『茶』は抹茶、土産物店に並んでいるのはたいていリーフティーの煎茶。」と、寿さんが外国の方の目線に立たれて、彼らの持つ「不思議」の源をたどられたこのご指摘には、なるほど、と私も納得させられました。
 つまり彼らには、「和装の麗人が点てる茶」という日本文化イメージとしての「茶」と、土産物屋の店頭に並べられ現実にそこにある「茶」と、二種類があったのです。

 海外旅行から日本に帰ってきたとき、国際線のターミナルで必ず目にする ‟welcome to Japan” の大きな広告は、「日本文化イメージ」を一瞬でわかりやすく来日旅行者にとらえさせるという重大な役割を持っているわけですが、たしかにそこでは、よくモチーフとして「和装の麗人が『茶』を点てる姿」が使われています。
 例えば竹林を背景にした茶室で、華やかな和服姿の女性が畳に正座して茶を点てていて、横には釜から立ち上る湯気が描写され、床の間には墨で書かれた漢字の掛け軸。
 このような「日本文化イメージ」としての、幻想だけが独り歩きしている「茶」が、意外と強烈に海外の方々の頭に残像としてあるのかもしれません。
 ですから、「二種類のお茶」のうち一種類はイメージ化され過ぎ、いわばほとんど絵の中の「日本文化」といってもいい空想の「茶」なのでしょう。

 それに対して現実世界の土産物店で販売されているのは、そもそも「点てる『茶』」ではなく急須きゅうすやティーポットで「れるための茶葉」ですし、日本の飲食店で一般的に提供される「日本茶」は「和装の麗人によって」「点てられた(撹拌かくはんされた)」飲み物ではなく、「淹れられた(抽出された)」液体なのです。
 そのギャップに違和感を覚えられるのも無理はありません。

 ですから「日本には、なぜ、抹茶と煎茶と、二種類のお茶があるのですか?」というご質問は、実は「和装の麗人が点てる『茶』というイメージ化された『茶』と、現実に売られていたり飲食店で提供されたりする、茶葉から淹れられた『茶』とに大きな差があるではないか」というご指摘なのではないでしょうか。

◇ 「純日本」イメージ

 日本文化のシンボルのような「茶室で和装の麗人が点てる『茶』」のイメージは、外国の方々に強烈に浸透しているだけでなく、われわれ日本人にとっても非常に強い残像となっています。
「日本の文化」というキーワードを与えられて、これに属すると思われるイメージ画像を集めて来てください、というワークショップがあるとすれば、恐らく必ず「茶室で和装の麗人が茶を点てる」画像が拾われてくることでしょう。

 ふと思いましたが、このワークショップ、一度やってみたい気もします。ありきたりすぎるワークショップ課題でしょうが、年代、性別、出身等によってかなり傾向の違う結果が出て来そうです。
「茶室で和装の麗人が茶を点てる」画像をどれだけの人たちが拾ってきてくれるでしょうか。
 例えば寿さんが書いておられた祇園ぎおん祭の山鉾やまぼこですが、ご指摘のような中国故事由来のものが入るでしょうか、あるいは外されるでしょうか。
 また、寺院の画像を拾ってきた方がおられるとすれば、そこに椰子やし棕櫚しゅろ蘇鉄そてつや芭蕉は写っているでしょうか、外されるでしょうか。興味深いところです。

 例えばこのワークショップで出揃った画像を総合して見ると、日本人たちが今、何を「日本の文化」だと思っているかが見えてくるはずです。「純日本」のイメージ画像が出来上がってくることでしょう。
 出てきた「純日本」イメージ画像から、いかにそれが他国の文化を背景として日本が受け入れたものなのか、歴史を紐解ひもといてイメージ化された「純日本」の身ぐるみをいでいくのも面白いでしょうし、「純日本」イメージに何が入るべきで何が外れるべきか、参加者の方々にディスカッションしていただいても楽しいかもしれません。

 ちなみに「茶室で和装の麗人が茶を点てる」という言葉の中で、意外と一番「純日本」なのは「点」という漢字を「たてる」と読み、「撹拌する」の意で使用していることかもしれません。
 「純日本」のイメージ画像ワークショップ、ちょっとやってみませんか?

如翺  拝

寿 様


《筆者プロフィール》
如翺(ジョコウ) 先生
中の人:一茶庵嫡承 佃 梓央(つくだ・しおう)。
父である一茶庵宗家、佃一輝に師事。号、如翺。
江戸後期以来、文人趣味の煎茶の世界を伝える一茶庵の若き嫡承。
文人茶の伝統を継承しつつ、意欲的に新たなアートとしての文会を創造中。
関西大学非常勤講師、朝日カルチャーセンター講師。

寿(ジュ)
中の人:佐藤 八寿子 (さとう・やすこ)。
万里の道をめざせども、足遅く腰痛く妄想多く迷走中。
寿は『荘子』「寿則多辱 いのちひさしければすなわちはじおおし」の寿。
単著『ミッションスクール』中公新書、共著『ひとびとの精神史1』岩波書店、共訳書『ナショナリズムとセクシュアリティ』ちくま学芸文庫、等。

《イラストレーター》
久保沙絵子(くぼ・さえこ)
大阪在住の画家・イラストレーター。
主に風景の線画を制作している。 制作においてモットーにしていることは、下描きしない事とフリーハンドで描く事。 日々の肩凝り改善のために、ぶら下がり健康器の購入を長年検討している。
【Instagram】 @saeco2525
【X】@ k_saeko__