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【シリーズ「あいだで考える」】最首悟『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』の「はじめに」を公開します
2023年4月、創元社は、10代以上すべての人のための新しい人文書のシリーズ「あいだで考える」を創刊いたしました(特設サイトはこちら)。
シリーズの6冊目は、
・最首悟『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』
です(3月25日頃発売予定、書店にてご予約受付中)。
刊行に先立ち、「はじめに」の原稿と目次を公開いたします。
『能力で人を分けなくなる日』は、1936年生まれの最首悟さんと3人の10代の若者との対話の記録です。
最首さんは、重度の知的障害を持ち、目が見えず言葉も話さない第4子の星子さん、配偶者の五十鈴さんと3人で暮らしています。2016年7月の津久井やまゆり園事件(相模原障害者施設殺傷事件)の2年後、植松聖被告(当時)から「生産能力のない者」の扱いを問う手紙をもらい、2度の面会と手紙のやりとりののち、現在に至るまで彼に宛てた手紙を書きつづけています(神奈川新聞ニュースサイト「カナロコ」に連載中。「最首悟さんからの手紙 序列をこえた社会に向けて」)。
全4回の対話で最首さんは、星子さんとの暮らし、「植松青年」とのやりとり、能力主義と優生思想、脳死と臓器移植、個/自立/責任、そして星子さん誕生の翌年から通いつづけた水俣の地と水俣病、石牟礼道子さんの言葉など、これまでの長い経験と思想を語ります。
能力で人を測り、分け、扱いを変えることがごく当然のように行われ、「いのちの序列化」と言うべきことも起こっている現在、どのように人とかかわり、自分もほかの存在も大切にしながら「能力」「価値」「いのち」を捉えていけるのか。3人の若者は最首さんの言葉を現代の実感から受けとめ、問い、迷いながら、自身の気持ちを手放すことなく考えていきます。
装画・本文イラストは中井敦子、装丁・レイアウトは矢萩多聞(シリーズ共通)が担当。日々の暮らしのふとした光景をすくいあげるやわらかな中井の絵は、対話のなかで揺れる感情を受けとめてくれるようです。
現在、3月25日頃の刊行に向けて鋭意制作中です。まずは以下の「はじめに」をお読みいただき、『能力で人を分けなくなる日』へのひとつめの扉をひらいていただければ幸いです。
*
はじめに
中高生のみなさんと話をします。
年が移り、私は87歳になりました。諸事なめらかに進みません。家では4人兄妹の末っ子の星子と星子の母親と私の3人暮らしです。星子はいわゆる重度障害者ですが、47歳で、言葉はなく、目が見えず、食べることをはじめ自分の身の始末をしません。音楽が欠かせず、そして寝ている時も起きている時も、さもおかしそうに、くつくつ笑います。ほんとうに福がやってくるようです。
星子の世話は母親で、母親の世話は父親で、じゃあ私の世話はというと、星子に決まっているでしょ、と言われます。私は自分が自立した個人なのか、ずっと問題にしてきたのですが、ずばり星子頼みと言われるとそのとおりだと思うのです。
「人間」は「ひとのあいだ」と書きます。もとは「人が人といる場所」という意味です。そこから人そのものを意味するようになった。ということは、人にとって〈あなた〉がもともと不可分なのだ。そういうことを10年近く考えて、〈二者性〉という言葉が浮かんできました。私の星子頼みは、まさに〈二者性〉の現れなのです。
Godを「神」と訳したのは大まちがいと言われます。ゴッドは他に頼ることのない万物の創造者です。ゴッドは日本の神とはちがい、あくまでも〈一者〉なのです。ゴッドの御加護を祈りながら戦争をし、人を殺すことは、〈二者性〉からの発想ではありません。
戦争は今や武器の性能の争いが主ですが、愛国心や信仰心による国民の結束が欠かせません。日本も現人神(=天皇)というゴッドのもとに戦争を起こし、朝鮮半島、中国、東南アジアの人々に多大の苦しみを負わせたこと、そして復興期の国家による棄民と言われた、今も続いている水俣病の人々の苦しみを忘れてはいけないと思っています。
とは言いながら、忘れていることがいっぱいあります。それとともに〈わからない〉という思いがつきまといます。どうしてこんなにわからないのだろう。ずっと劣等感につきまとわれていました。
それが、星子がやってきて、一緒に暮らすうちに〈霧が光る〉という想いがやってきました。そして、〈わからない〉ことは希望である、というふうに開けてきました。
わかろうとする努力は、「結局は、わからない」とあきらめるのではなく、〈いのち〉を生きていく希望なのです。
『能力で人を分けなくなる日——いのちと価値のあいだ』
目次
はじめに
参加者の紹介
第1回 頼り頼られるはひとつのこと
「3人の自分」と星子さんの誕生
星子さんとの暮らし
頼り頼られるはひとつのこと
コラム 「聴す」=心をひらいて聞く
第2回 私の弱さと能力主義
「弱さ」と能力
やまゆり園事件の植松青年とのかかわり
能力で人の生死を決められるのか
第3回 開いた世界と閉じた世界
社会の中の優生思想
自立と自己責任
「個人」の西欧と「場」の日本
コラム 「いる」と「ある」の違い
開いた世界と閉じた世界
コラム 日本語の中の成り行き主義
いのちの中の死と生
第4回 いのちと価値のあいだ
差別と水俣病
石牟礼道子が伝えた水俣
いのちと価値のあいだ
おわりに
いのちと価値のあいだをもっと考えるための 作品案内
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著者=最首悟(さいしゅ・さとる)
1936年福島県生まれ。生物学者、社会学者、思想家。東京大学教養学部助手を27年間務め、1977年より第1次不知火海総合学術調査団(水俣病に関する実地調査研究)に参加、第2次調査団長を務めた。また障害者の地域作業所「カプカプ」の設立・運営に携わる。現在、和光大学名誉教授。著書に『いのちの言の葉』(春秋社)『新・明日もまた今日のごとく』(くんぷる)『「痞」という病いからの』(どうぶつ社)『星子が居る』(世織書房)ほか多数。
〇シリーズ「あいだで考える」
頭木弘樹『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』「はじめに」
戸谷洋志『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』「はじめに」
奈倉有里『ことばの白地図を歩く——翻訳と魔法のあいだ』「はじめに」
田中真知『風をとおすレッスン――人と人のあいだ』「はじめに」
坂上香『根っからの悪人っているの?――被害と加害のあいだ』「はじめに」
栗田隆子『ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』「はじめに」
いちむらみさこ『ホームレスでいること——見えるものと見えないもののあいだ』「はじめに」
斎藤真理子『隣の国の人々と出会う——韓国語と日本語のあいだ』「序に代えて」
古田徹也『言葉なんていらない?——私と世界のあいだ』「序章」
創元社note「あいだで考える」マガジン