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夢魔

午前1時のランデヴー。雲の隙間から顔色の悪い月が覗く。
運転席には素性の知れない女の姿。私は助手席に居た。
峠の涯は近い。けれども車は帰路に就かない。
車は道を外れ、中空に浮かんだ黄金のアヴニューを駆け抜ける。
女は煙草に火を点し、窓を開け、暗い下界を見下ろした。
背を向けたその姿、肩口からは、ため息と化合した白い煙。
さながらメフィストの笑い声。現実から遠い哄笑。
やがて、悪魔アスモデウスが耳元で囁く。
「見よ、下界の暗い巣の数々を。退廃の宿り、恥知らずの輩等を。
見よ、私を。比べて我が身の何と清らかなる事か」と。
車は際限ない加速を続け、上空の風の中で消し飛んだ。
掴むことのできない金銀の塵は、旋回し熱を放ちながら
一層速く地上から遠ざかる。
より高いところに、ある筈のない足場を求めて。

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