25. 11月28日「きれいな髪のいいツヤの日」
街の中は時間で設定されていたかの様に、それぞれの方向から人が集まる。その集まる人達が街の音に集中出来る空間を作り出した。私はすっぽりとその中に収まって、人の切れ間にあるその余韻を掻っ攫う。
時計は11時を回った頃だった。
いよいよ本格的に事を成さねばならなくなった私は、一通りの服を買う為にマルイへ向かった。
膝下まである黒いチェスターコートと、灰のダッフルコートで片手が満載となり、今回はそれ以外を断念せざるを得なかった。
やる事を計画しても、買うものを打算と惰性に任せてしまった事が仇となった訳だが、それもご愛嬌だよねと自分を慰めた。
「あ!燈先輩!燈先輩だ!」
何か、かくれんぼで見つかった時の様な驚きを、呼んでいる者に対峙させた。その者はとてつもない眩さの笑顔を私へ向けていた。一人で静かに買い物をしている私には、目が痛い程であった。
「柚愛《ゆあ》です、覚えてますか?」
「あー!柚愛じゃん!」
私は中学の後輩、柚愛に指を差して叫んでいた。
私は咄嗟に、相手のノリや声のトーンに合わせてしまうという癖がある。
相手の速さに合わせるという事は、流れの早いこの時代においては割と重要だと、経営者としても心得てはいるし身につけてはいるが、その果てには場所を鑑みたものとしてあるべきである事は言わずもがなである。
マルイ店内に流れる緩やかなBGMに並行していた雰囲気というものを、私の叫び声で千切りにしてしまっていた。
白熱しない自信も無い私は、柚愛の笑みもひっくるめて合切を有耶無耶にする為に、柚愛に糸口を探すと、的確なものがその柚愛にぶら下がっていた。
「柚愛、子供いるの?えっスゴ!」
「はい、今8ヶ月です。こんにちはって」
柚愛が抱っこ紐の中から、柔弱の上から更に餅を纏わせた様なとても小さな手の開を、優しく摘み出した。そして、私に向けて小刻みに揺らした。
小さな指は、母である柚愛の指をやはり弱々しく握り返している。小さな指の持ち主は、母と抱っこ紐の間に挟まり、おしゃぶりを上下させるのに一生懸命であった。
丸い瞳に自分を映しても泣かなかった事が、ささやかな喜びとして得られた。
近況やら、他のよしみの者の話をしながら、赤ちゃんと束の間の戯れをした。
私は、目に見える宝というものを得た柚愛の姿勢に見惚れていた。
とはいえ、重たそうなバッグを担ぎ直したりの柚愛だったので、先輩としての礼儀を務める事にした。
「またね」
「はい!」
柚愛は重たいバッグに傾けられ、抱っこ紐に縛りつけられながら、それでも尚の笑みを見せてくれた。
柚愛のボブに纏まる髪に見惚れながら、私はその背を見送った。
さらさらとしたきれいな髪のいいツヤが、母と女を兼ね備えた逞しさとなって輝いている様にして、私の瞳を強く刺激した。