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シンガポールのフードテック最前線|プラントベース編
今年から食用昆虫の輸入と販売が解禁され、細胞培養肉の商業生産もスタートするシンガポール。
新たな代替タンパク源として細胞培養肉や植物代替肉、昆虫食への投資と流通が進んでいる同国のフードテック事情を、2023年8月に実施した現地での調査と食レポから紹介します。
1. 食料自給率と健康意識を高める代替肉
シンガポールでフードテックが進んでいる理由は大きく二つあります。
ひとつは、食料の約9割を輸入に依存しているシンガポール政府が、2030年までに栄養ベースの食料自給率を30%に引き上げる目標「30×30」を2019年に発表し、政府が積極的に代替肉産業を支えるエコシステムづくりを進めているためです。
今年の1月には政府主導のもと、シンガポール製造業連盟がフードテックの会議「Food Tech 2023」を開催。フードテックの業界関係者100名をはじめ、政府からは担当大臣が出席し、食品のトレンドや安全などに関する様々な講演と展示会が行われました。
毎年、ニューヨーク、サンフランシスコ、シンガポールの三都市で開催され筆者も参加している「Future Food Tech」との違いを担当者に質問したところ、よりシンガポールとアジア市場にローカライズして成長段階にある企業と支援機関のエコシステム形成に力を入れているとのことでした。
なお次回の「Food Tech 2024」は2024年2月にシンガポールで開催予定で、筆者も参加する予定です。
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(2023年8月|右から二人目が筆者)
シンガポールでフードテックが進むもう一つの理由は、国民の健康や環境に対する意識の高まりが挙げられます。
現在、シンガポール国民に占めるビーガンとベジタリアンの割合は7%で、肉を食べないが魚介類は食べるペスカタリアンが3%です。一方で、野菜を中心にして肉を時々食べるフレキシタリアンは39%まで伸びており、肉をよく食べると答えた人(42%)とほぼ同じ比率となっています。
彼ら / 彼女らがプラントベースの食事を検討する理由は、一般的な健康への懸念が46%、肉や魚の生産に関する健康への懸念が37%、加工肉の健康への懸念が32%と「健康への懸念」が上位3位に入り、続く第4位に「環境のため」が24%となっています(イギリスの「YouGov」による2020年2月の調査結果)。
これらの政府の政策と国民の意識の変化を捉え、現在シンガポールには30社以上の代替タンパク質を開発する企業が拠点を置いています。同国の代替タンパク質を中心とするフードテック関連のスタートアップが2022年上半期に調達した資金総額は1億110万米ドルと、アジア太平洋地域では最も多くなっています(アメリカの「Agfunder」による2022年11月の調査結果)。
2. アジアで最初のプラントベース専門店|Love Handle
このような背景のもと、シンガポールではプラントベースのレストランが増加しています。
2022年1月にはシンガポールのなかでも、おしゃれなレストランやバーが集まる Ann Siang Hill に、アジアで初めてとなる植物由来の専門肉店「Love Handle」がオープンしました(JETRO「地域・分析レポート」2023年3月3日より)。
プラントベースの肉屋をコンセプトに、植物由来の肉や乳製品、調味料を豊富に取り揃えているほか、商品を使用した料理をレストランで提供しています。2023年8月に筆者も実際に訪問してきました。
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Impossible 社のプラントベース・ミートを使用したチーズバーガー「THE LOVE HANDLE OG」は、言われなければプラントベースであることが分からない完成度。以前、アメリカやシンガポールで食べた Impossible Meat より味が改善しており、ひき肉に寄せた食感も好印象でした。
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また HAPPIEE! 社のこんにゃくをベースにしたプラントベース・イカのフリット「FRIED CALAMARI」は、まさにイカそのもの。最後まで食感が変わらない点が唯一、これが本物のイカではなくプラントベースでつくられた代替品だと気づかせてくれました。
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一方で Love Handle オリジナルのプラントベース・チキンを使用した、シンガポールチキンライス「LOVE HANDLE CHICKEN RICE」は、はんぺんのような代替肉に、湯葉のような皮をのせて揚げた味と食感で、こちらは改善の余地が大きいと感じました。
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シンガポールではこの他にも、マクドナルドやバーガーキング、ケンタッキーもプラントベースの代替肉を使ったバーガーの提供を始めています。
3. スーパーマーケットにも植物代替肉の缶詰や冷凍食品
シンガポールでは主要なスーパーマーケットでも、植物代替肉の缶詰や冷凍食品の取り扱いが増えています。
日本のスーパーにおける植物代替肉の扱いとは異なり、シンガポールのスーパーマーケットでは入口から、野菜 → 精肉(牛・豚・鶏)→ 植物代替肉(冷凍・缶詰)→ オーガニック食品 → アルコール飲料というレイアウトで商品が並べられ、既述の健康や環境への意識が高い消費者が自然に手に取りやすいように工夫されています。
また Impossible や Beyond などの欧米で人気のブランドも並んでおり、その多くはタイなどのシンガポール周辺国の工場で製造され、コールドチェーンを使って輸入・販売されています。
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(2023年8月に筆者撮影)
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(2023年8月に筆者撮影)
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食料の約9割を輸入に依存して食料自給率が低く、アメリカやイギリスと同様に自国の食文化への愛着やこだわりが日本ほど強くないシンガポールでは、フードテックと新規食品(ノベルフード)の市場流通が進んでいました。
この記事に続く「シンガポールのフードテック最前線|デジタルとSDGs編」では、日本より半歩から一歩先を行くシンガポールの最新レストラン「アナログ」を、消費者の意識とあわせて紹介します。
筆者が代表を務めるソーシャルコレクティブ「フーズフーズ」では、地域の野菜を主役にしたプラントベースの商品開発と体験設計を支援する「Plant Journey」を提供しています。
またフードテックを含む世界の食トレンドと消費者インサイトを紹介する書籍「whose foods magazine 2023|Explore the Future of Food」を販売しています。
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