見出し画像

通勤時間に散歩しよう

 サラリーマンをしていると、忙しくて他のことを考えられない、という時期が結構な頻度でやってくる。文化的な生活から自然と距離が開いていき、それにも気づかないくらい忙しい、みたいなときだ。そのときは、仕事のミッション達成に生き死にがかかっているような気持ちにさえなる。結果として生物的観点から、今は仕事に注力せざるを得ない、と自分を納得させることになる。
言うまでもなくこの一種のトランス状態は、まさに資本主義が僕らに求めていることだが、本来自然動物である人にとっては危ないシチュエーションである。

 そんなときオススメなのが、思い切って午前だけでも在宅勤務にし、朝の通勤時間を散歩に充てること。文化的生活との乖離に気づき、資本主義の笑みを崩す、気軽かつ効果的な方法だ。

 普段通勤する時間に、近所をぶらぶら散歩すると、別の世界に迷い込んだような気分になる。早朝からの一仕事を終えた米屋の主人が、軒先でうまそうにタバコを吸っている。喫茶店のバイトが、気怠そうに足拭きをパタパタ振っている。自分と同じくらい(30歳前後)の女性が、漆黒のワンピースとサングラスをつけて大きな白い犬を散歩させている(超セクシー)。
勿論ここは別の世界などではなく、僕が所属しているいつもの世界である。ただスーツを着て会社に向かう朝は、不思議なくらい視界が塞がっているものだ。その証拠に目の前から歩いてくるサラリーマンは、散歩中の僕に見向きもしない。

 同じ季節の、同じ日の、同じ時間で、こんなにも沢山の人生があるという、普段は考えようもないことをことを散歩が気づかせてくれる。そこまで気づいたとき、僕は僕との距離を取り戻す。散歩というのは、文字通り地に足のついたソリッドな行為でありながら、一方で極めて客観的で、儀式的な一面を持っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?