正解だらけのクルマ選び その17【【ランチアY①】
2001年〜2003年の2年間、妻の日常の脚としてその13【アルト商用バン】、そして通勤車として《懐石八千代》から借り受けたその14【スバルサンバー】の2台が我が家の暮らしを支える道具だった。
しかし、白岩のオヤジさんが貸して下さったその15【ダイハツコペン】に乗った1日のドライブが、僕等に新しい日常への欲求を運んできた。あの日、妻の運転するアルトで家路についた道すがら、その日一日を反芻しつつ、暮らしに必要なもの、そして豊かさについて二人で話した。忙しい料理修行のわずかな休日に、夫婦二人で過ごす時間がただ些末な日常ではつまらない。たしかに修行の身の安月給と、来客もまばらな妻の店《ひむ香》の売上ではけっして贅沢をできる身分ではない。あの頃は本当に貧乏暮らしだった。だからといって心まで貧しくなってどうするのだ。夢を追い、理想を求め、日々満足して笑顔になれる暮らしこそあるべき姿。
例えば、晩ご飯は惣菜が入った発泡スチロール皿でも済ませられるし、晩酌のビールに100均のグラスを使ったって、さしてその味は変わらない。しかし、陶芸家《武田武人》の一枚の平皿が、萩ガラスの貫入ビアグラスが、夕飯をただ腹を満たすための『飯』から、その時間そのものを楽しむ『食事』に変えてくれることを知っている。同様に、僕らの生活にとって、クルマは単なる移動するための手段、つまり道具ではない。旅やドライブはもちろん、日常の買い物での市街地走行でさえ、走る・移動するという*ホモモーベンスとしての根源的な喜びを満たす目的である。つまり、それは遊びのための玩具(おもちゃ)だ。豊かさとはそれを指し、僕らは何よりも心の潤いを求めたということだ。そして、
『人生には潤いが必要だ』
妻のその一言で決まった。「クルマを替えよう」。
決まれば早い。教員時代から開業資金のためにと貯金していたなけなしが予算の上限。中古車も含めて僕が候補を上げた。アルファロメオ916スパイダー・フィアットバルケッタといったオープンカー。実用性も兼ねたアルファロメオ145・フィアットムルティプラ・ルノーアヴァンタイム。そして妻の日常使いを考えた小型車フィアットプント・ランチアΥ(イプシロン)。
手持ちの自動車雑誌を広げ解説した時、その中からなんの迷いもてらいもなく妻が「絶対これ」と選んだのはランチアΥ。
決まれば早い。が、このクルマ*平行輸入しかなくインポーターの事情で日本への導入が途切れていた。「あれじゃなきゃクルマいらない」と妻が言うのでしばらく諦めかけたところに朗報!。雑誌で発見した情報によると、マイナーチェンジしたランチアΥが日本に再上陸するようだ。ちょうど正月休み代わりの一週間ほどの長期休暇に入った頃だったので、仕事から帰宅してインターネットで調べ尋ねると、東京はお台場に船から降りたばかりのランチアY現物があるという。
決まれば、早い。よし、明日行くぞ。僕らはバンパーが擦れサイドボディーが少し凹んだアルトバンを唸らせて東名を行き、ベイブリッジを渡り、お台場へと向かった。つづく
*ホモモーベンス…人は自ら動くことで満足し進化して来たという文化論
*並行輸入…メーカー直営の販売会社ではなく、代理店が独自に他国から買い付けてくる形の販売形態