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蕎麦宗店主の自転車クロニクル その12 【遭難未遂の天城山中】

 天城の山には思い出がいっぱいある。前回の三輪とのツーリング中の怪我の話に続いてもう一つ。

 それは1990年、高2の冬のこと。温暖な伊豆の冬は寒いといってもたかが知れていて、滅多に雪は降らない。もし降ったとしてもチラリホラリと舞う程度。まず積もらない。それくらい貴重なので小学生の頃、雪が降って積もった時には、授業を休みにして雪遊びさせてもらったくらいだ。しかしそれは田方平野の話で、標高1400mの天城山では当然雪は積もる(温暖化なのか今は積もらなくなりました)。

 雪がちらついた後の2月のとある日曜日。サッカー部の練習が休みだったためヒョイとMTBにまたがって天城山中を目指した。『天城越え』で有名な浄蓮の滝を過ぎ、水生地の駐車場の向かいから国道414号の旧道の未舗装路へ入る。
 そして明治時代に造られた石積みの天城隧道へ到着したまさにその時に、右脇の山道から消防隊員達が降りてきた。見ると血まみれのお婆さんが担架に横たわって運ばれている。顔にはタオルが掛けてある。聞けば歩道から滑落したという。生きているのかどうかは聞けなかった。その山道はこれから自分が行かんとする道。不穏な前触れ?嫌な胸騒ぎがした。

 だが、そこは高校生。30kmほどの道のりをせっかくここまで走ってきたので、臆することなく決行することに。担ぎ、押し、走って、MTBerマウンテンバイカーがシングルトラックと呼ぶ登山道を登りきる。ブナやヒメシャラの原生林やアセビの群落など、植生好きにはたまらない、なかなか楽しい道のり。とはいえゴロタ石も多く難儀でもある。   
 乗車率は70%くらいで、何とか予定通りの時間に八丁池へたどり着いた。途中何人かのご年配のハイカーとすれ違い、

『こんな所まで自転車で来たの』

と、驚きと共に呆れられたような褒められたようなで、ご満悦な若かりし自分。この時代の山中は平和で、MTBerもまだ少なく登山客と共存できていた。後に互いにいがみ合い、最終的にMTBが締め出しを食うことになるのだが、先に始めている方が既得権を盾に声が大きくなるのは良くあること。日本でマイナースポーツが発展して行くのは難しい。

 すれ違ったハイカーのそのうちの一人のお爺さんに、下り行幸道というかつて昭和天皇が歩いた道を尋ね、ひとり先を急いだ。冬枯れたブナなどの木立に囲まれた、少し荒れ気味の薄暗いシングルトラックをかっ飛ばし、パッと明るくなって林道へと出る。そこからしばらくは平坦な植林の杉林をひた走った。
 すると三叉路三叉路に出くわした。スマホどころかガラケーすら無い時代。それでも方向感覚には自信があったし、大雑把にだが頭に地図は入れてある。右は無しだ。おそらく、三輪と一緒に走って転んで怪我した林道へつながっていて遠回りになる。さて、あと2本のうちどちらだろう。どちらの道もしっかりと踏んであるダブルトラック。轍はくっきり確かだ。

 こんな時、自転車乗りの習性として下りを選びがち。気をつけなければいけないことだが、それが間違いのもとになった。
 谷あいの日陰の道は先日の雪が積もって融けずにいる。ブロックタイヤを食い込ませてザクザクと踏んで走る下りは、日頃経験できないだけに興奮する。楽しくなってしばらく下るうちに雪深くなり、面白がってダウンヒルしたのはいいが行き止まり。戻るしかない。否応無く押して登る。冷たい雪が靴にしみる。時速500m /hくらいだろうか。一向に進まない。なのに時計だけは進む。時間だけはやたらと過ぎる。もう15時近い。山の夕日はつるべ落とし。あっという間に暮れる。ましてや2月初旬。気温は一気に下がった。やがて気持ちは焦る。
 ……ヤバイ。担架で運ばれていた血まみれのお婆さんの姿が頭をよぎった。


 《遭難》の文字が頭をかすめる中で、必死に自転車を押し上げて歩いた。ようやく元の三叉路に戻り、残りの一本に賭けに出た。間違いないとは思ったが、ハズレたら日が暮れる。夜になったら遭難する。ひょっとしたら死ぬかもしれない。身体はすでに寒過ぎて震えが止まらない。雪が溶けない気温だ。かじかむ手でしっかりとハンドルを握り、もう一本の林道を下った。

 すると、少し下ったところの登山道との合流地点で人影が見えた。

《タスカッタ!…》

安堵に胸を撫で下ろして話しかけた。

『こんにちは、下山道はこの道であってますか?』

ふと見ると、さきに道を尋ねたお爺さんだった。

『なんだ、おめぇ、まだ山ん中いたのか、ほれ、これ食え』

でかい飴玉もらった。生き返った。持ってきたのは水と途中で食べた昼飯用のおにぎり2つだけだ。大人になった今でははありえないが、無鉄砲な高校生の事。準備は周到ではなく、予備の食料など持参してはいなかった。
 答えはそのまま道なりに下れば水生地に戻れるとのこと。

《アア、アッテタ》

 少しずつ暗闇に包まれて行く天城山中の孤独から解放されて、涙がこぼれそうなくらいだった。先にも後にもあれほど『ただ人がいる』ことに感激したことはない。

 その足、韮山まで急いで走り何事も無いように帰宅したが、随分と遅い時間になって叱られた。どれだけ怒られたって晩御飯は染み入るように美味かった。数時間前を反芻はんすうしながら、こうしてがっついて食べられるのもありがたい、生きててよかったな、と思った。

 ふっ、とお爺さんの顔が飴玉と一緒に浮かんだ。僕は心の中でお辞儀をしてお礼を言った。終

#天城山ハイキング #浄蓮の滝 #MTB #八丁池 #遭難を防ぐ #探検してみよう



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山川宗一郎
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