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アレ、ボケ、ブレ

アレ、ボケ、ブレ

 アレ、ボケ、ブレとは、写真表現の一つ。現在では、写真表現として一般的となっています。この写真表現の先駆けとなった写真家の展覧会に出かけました。

中平卓馬 火|氾濫

 現在、竹橋の東京国立近代美術館で写真家の中平卓馬さん(1938年~2015年)の展覧会が開催されています。

会場の東京国立近代美術館

 1960年代から2010年代までの長きにわたって活躍した日本を代表する写真家の一人です。特に現在も活躍している人気写真家の森山大道さんとともにアレ、ボケ、ブレと評された一連の写真で有名かつ人気があります。
私はこの展覧会を結構楽しみにしていました。アレ、ボケ、ブレという表現が特に好きだというわけではないのですが、中平卓馬さんという写真家が撮影した写真に関心を持っていました。しかし、撮影された写真はそれほど残っていないように思います。今回の展示会は大規模で私の知らない様々な写真を見ることができるのではないかと期待を持ちました。

日本の写真家

 そもそも、私が展示される写真に関心を持つようになったのは、今から30年ほど前です。もちろん、それまでも写真の展示を見ることはありましたが、絵画、彫刻や工芸に比べて関心が少なかった気がします。自分でそれなりのカメラを手に入れ、フィルムもたくさん使うようになり、写真家の写真にも興味を持ちはじめ、美術館での展示にも注意を払うようになりました。
 特に日本の写真家に惹かれました(外人でもエルスケンなどの展覧会に足を運び感動しましたが・・)。最初に関心を持った写真家は東松照明さんでした。一連の原爆関連の写真、沖縄の写真などなど(当時、並行して関心を持っていた岡本太郎さんの沖縄の写真とを自分の中で対比していたと思います)を入り口として、視たり、調べたりするうちに三島由紀夫さんの写真集などを撮影した細江英公さんや長崎県端島などの写真を撮影した奈良原一高さんの写真にたどり着き、さらにひも解くうちに森山大道さん、中平卓馬さんにたどり着きました。

中平卓馬さん

 中平卓馬さんについては、かなり昔の新日曜美術館(NHK教育)で特集が組まれ、多摩川かと思われる河川敷での写真撮影中のご本人がインタビューに答え、植物写真のような写真を撮影したいと発言していたのが何となく記憶に残っています。この番組以降、私にとって、関心の高い写真家となりました。当時、VHSテープに録画して、何度か繰り返し視聴したのですが、何回かの引っ越しのうちに廃棄してしまったのだろう。現在は手元にありません。
 この番組の後だったか前だったか、川崎市等々力の市民ミュージアムで森山大道さんの展覧会が開催され、森山さんが登場するギャラリートークに参加することができました。確か、この時に森山さんの口から中平卓馬さんの話があったような、このことも中平さんへの関心をより強くしたと思います。

森山大道さんの撮影された中平卓馬さんの写真(展覧会の入口に大きく展示されていた)

 1970年前後の森山大道さんや中平卓馬さんの写真は、比較するのも何なのですが、土門拳さんの室生寺の仏像の写真は、一つの日本の写真の頂点だと思います。その写真と対照をなしている常々思っています。土門さんのその写真は、しっかりピントが合っていて、室生寺の建物の中の張りつめた空気感や仏像のディテールを生々しく印画紙に焼き付けています。アレ、ボケ、ブレは、これと全く対照的な写真ですが、これらの写真を鑑賞しているといやらしいほどのリアリティーを感じます。被写体の市井の人々の息づかいや古い自動車の排ガスの匂いなど様々な感触、質感が写真から滲み出てきている、そんな気がします。
 自分が、美術館で、東松照明さんではなく、土門拳さんや篠山紀信さんといった毛色の異なる写真家に関心を示していたら、中平卓馬さんに関心を持つことはなかったと思います。

ふたたび、中平卓馬 火|氾濫

 肝心の今回の展覧会ですが、東京国立近代美術館の広大な展示スペースをぜいたくに使い、中平卓馬さんの写真家としてのキャリアの全期間を網羅する濃く広い内容となっています。
 まず、最初の入口の横に大きくプリントされた撮影中の若き日の中平卓馬さんを写した写真がタイトル代わりに展示されています。撮影したのは森山大道さん。この作品は森山さんの作品としても何度か目にしたことがある有名な写真です。アレ、ボケ、ブレといわれる写真を撮影する若い中平さんの疾走感のようなものが写真から湧き出してきていて、とてもワクワクしながら展示会場に入ることができました。
 展覧会のタイトルは「火|氾濫」となっています。なぜ、このタイトルなのか?正直、よくわかりませんでした。氾濫というより、むしろ整然としていたように感じます。(東京国立近代美術館で開催された展覧会で展示されあ中平さんの作品名が氾濫)

中平卓馬さんの「氾濫」、1974年に同美術館に出品したもののモダンプリント(中平元氏蔵)

 それは、中平さんが、文章をたくさん残していて、写真とともに記録されており、自らの立ち位置をしっかりと記録しているのではないかと思いました。文章をすべて読んでいるわけではありませんが、かなりの質と量のものが残っているようです。
 私が中平卓馬さんの個人を主題とした展覧会を見に行ったのは今回が初めてです。これまで、様々な日本人写真家の写真とともに展示されていたり、雑誌に掲載されていたものを視てきました。その目にしたものは写真のみでした。写真だけでなく、文章を書く能力においても抜けたものをもって持っていたようです。
 それから、展示の中で特に私の関心をひいたのは、サーキュレーションと題された1970年初頭に海外の美術館で展示され現地で注目を集めた展示そのものを再現したものは大変見ごたえがありました。(説明によれば、展覧会の開催中に並行して撮影、現像、プリント、展示への追加し、開催期間中に変化/成長する展示とのこと)

出口の看板。ここにある写真が海外に出品されたサーキュレーションという中平卓馬さんの作品

 もう一つ、最後の展示室に青森県で撮影された中平卓馬さんの晩年ごろのビデオが流れていました。そこで動き回りながら撮影する姿はとても印象的でした。それ以上行くと危ないところや侵入が禁止されているところを超えて進み撮影する姿は、この姿勢は若いころから変わっていないのでしょう。そうした姿勢が数々のリアリティーに富んだ写真を生んできたのだと思いました。(老いてもやんちゃぶりを発揮する姿がかわいらしかった。)
 これだけ濃く、印象的な内容なのですが、お客は少なく、ゆっくりと見ることができました。写真の展覧会は絵画の展覧会に比べて人気が無い分野だからでしょうか。
 しかし、中平卓馬さんは、今後も注目され続ける写真家です。こうした大規模な展覧会はしばらく開催されず、写真好きの方には見逃したことを後悔する類のものと思います。
 最後に残念だったのは図録が無かったことです。自宅に帰り、復習して余韻に浸ることができませんでした。