無限もりそば
そばが好きだ。と言っても、休日に有名処に行って十割そばを…などという通ではなく、何処にでもある普通の立ち食いそば屋で普通のそばを食べるのが好きである。
夜勤を終え、ヘトヘトで腹ペコペコなとき、無性に麺類をたらふく啜りたいという欲求にかられるときがある。
今の時期は汗もよくかくし、ちょっとジャンクで塩っぱいラーメンをマシマシで、と思いはするのだか、自粛太りを回避し自粛痩せに成功した(30日間チャレンジというダイエットに挑戦しました)身としてはそれは罪悪感が大きすぎる。
でも、麺が食べたい…
そんなとき立ち食いそば屋に行く。
頼むのはもりそば。
冬でも温かいそばを食べることはほとんどなく、いつでも冷たいもりそばが好きだ。
頼むものは決まっているのに、毎度食券機の前に立つたびに隅から隅までボタンを見てしまうのは、ずっと気になっていることがあったからだ。
いくつもあるボタンの中に、もりそばは2種類しかない。「もり」と「2枚もり」
一人前と二人前ということだが、これがどうにもおかしく感じていた。
一人前なんて子供でも食べられるような量。二人前なら男性でも少食なら腹一杯になるかもしれない。でも、一般的な成人男性よりよく食べる自分には2枚もりでも物足りないのだ。
ラーメン屋ならいろいろなオプション、オーダー方法がある。同一料金で麺量を好みで400g〜1kgまで増やせるなんて店もある。そういう店なら大食いな自分でも気持ち悪くなるくらい腹一杯になれたが、そば屋ではこれは叶わないのか…。
今思えば、何故長いこと疑問に感じながら放置していたのか…。
我ながら働かない頭にウンザリする。しかし、この日はいつも以上にそばを啜りたい思いが強かったのか、はたまた夜勤明けハイで頭がキレていたのかよく分からないが、「親父(行きつけのそば屋の店主)に訊いてみよう」と思うに至った。
「2枚もり」の食券を1枚購入し、昼前でまだ客も少ない店内中央に進む。親父に食券を渡し、「もりそばって…、2枚より多くできるんですか?」と訊いてみた。
顔見知りだが会話はしたことがない親父は、間髪おかずに「できますよ。大盛りとか2枚とかできますけど、どーします?」
即座に答えたところを見ると、もしかしたらよくある質問なのかもしれない。
「え…?大盛り?2枚?」
意味が分からなかった。
「2枚もりと大盛りで三人前、2枚もりと2枚で四人前ってことです」
そうか。確かに、3枚もりや4枚もりなんてメニューはないけど、たぬきそばや月見そばなどを頼んだときに「大盛り」の食券を買ったことは過去に何度もある。それを組み合わせるのか…。
これはお得感が大きい。2枚もりを2つ頼んだら700円以上になるが、2枚もり+2枚券なら400円ちょいなのだ。
なるほど、考えたこともなかった。
ところで気になるのは親父の「とかできますけど」の「とか」 これはまさか腹の減り具合によってはさらに増やせるということか…?
「じゃあ2枚もりと2枚と2枚なら…、六人前?」
「まぁ、できなくはないですよ」
やはりそうか!!!
後ろに客がいることに気づいた親父は、テンションが上がって周りが見えていない間抜けな僕に、急かすように聞いてきた。
「で、どーします?」
試したい気持ちはあれど、今は夜勤明けでハイになっているだけかもしれない。有名なラーメン店で調子に乗って増量し過ぎ、食べきれないという罪を犯したこともある。ここは冷静に…。
「2枚もりと2枚で」
親父に追加料金を手渡しした。
水を汲み、カウンター席に座り少し待つ。薬味入れの蓋を開け中をのぞくと、いつもよりネギがほそく細かく切られていて綺麗だ。これなら入れすぎて辛くて失敗ということもないだろう。すると親父がいつものように高い声で言った。
「2枚もり2枚でお待ちの方ー!」
こんな呼ばれかたは初めてだったので、つい嬉しくて笑ってしまった。
盛られたそばは、高くて白くて立派なもんだった。こんもりした土手の上に盛りつけたよくある見せかけの盛りじゃない、本物の特盛り、四人前だ。ズブっと深く箸が入る。ガツッと土手に箸が当たってガッカリすることはない。つゆが入っている器もいつもの倍くらいある。調理場から親父が「つゆ足りなかったら言ってください。足しますから」と言ってくれて嬉しかった。
四人前は食べごたえがあった。気持ち悪いくらい腹一杯ということはなく、しばらく何も食べなくていいやくらいの心地よい満腹感。一本と残さず食べ切り、おぼんや食器類を返却口に置く。
「ありがとうございましたー」
満足で腹をスリスリしながら、次は五人前いってみるかなどと思いながら店を出ようとすると、また親父のかん高い声が聞こえた。
「2枚もり、2枚、生卵のお客様ー!」
生卵…だと!?
まさか、二郎系ラーメンでよくある麺に絡めてすき焼き風にっていうあれをやるのか…?そばで?それは美味いのか?
いやいや、でも生卵なんてお品書きにないぞ??どういうことだ、いくらなんだ…?どうやって注文するんだ…?
しかも、普通に2枚+2枚やってるじゃん…。
ついつい気になって、振り返って注文した男性を見てしまった。どこにでもいる普通のおじさんだった。
生卵をどうやって食べるのか、それも見たかったのだがさすがに店の外からガラス越しに覗き込むわけにもいかず、悶々としながら駅に向かった。
常連とか通というのは、本人が思っているだけで実際はそうでないというのはよくあるパターンらしい。
次回、2枚もり+2枚+2枚&生卵を注文してドヤ顔をしている自分の顔が目に浮かぶ。現時点で生卵の正しい食べ方は分かっていないし、知ったかぶって恥ずかしいことにならないよう気をつけなくては。
そもそも、庶民の味方立ち食いそば屋で、正しい食べ方なんてあるのかという話だが…。