自己満足を疑うな
一週間分の野菜ジュース、一月分のサプリやビタミン剤、その他食材や飲料品を買い込むと、両手が荷物いっぱいになる。
両肩にエコバッグをぶら下げ、さらに両手に鞄や仕事用の荷物を持つと、郵便物を取ったり玄関の鍵を開けるのも大変だ。
ジュースやサプリなどの栄養機能食品というものを買い溜めしなければ、こうはなっていないと苦笑いし、同時に昔の自分がこの姿を見たらどう感じるのか…と思った。
学生時代、バイトを終えると帰りが深夜になった。
その日、終わったら先輩と飲みに行く約束をしていたので母に夕飯はいらない、と伝えてきたのだが、先輩は彼女に突然呼び出され約束は次回ということになってしまった。
約束がなしになったのを別にガッカリするでもなく、ギリギリ乗り込んだ下りの最終電車が地元の駅に着く。
母が外出などで夕飯の支度をできないとき、いつも寄る駅前の牛丼屋に入ると、見慣れた初老の男性スタッフが厨房内で気怠そうに動き、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で「ありがとうございました」と言っている。
彼を見ていつも思うのは、若くないのにこんな時間まで大変だな、ということ。そして「決して他人事ではないな…」と大学六年生にまで達した自身の将来を憂い、丼と箸を持つ手が止まる。
カウンター席の向かいには少し年上と見える男性二人組が座り、楽しそうに話しながら注文したものがくるのを待っている。
一人の割と小柄な男性は牛丼とみそ汁とサラダ。もう一人の恰幅の良い男性はご飯、みそ汁、肉料理、サラダの定食。なんてことはない、誰もが注文する普通のメニューだ。
丼物よりも少しだけ割高な定食を目にして、先輩と飲みに行ってもどうせ割り勘だし、飲み代が浮いたんだから俺も定食にすればよかったな… などと考えていた。
すると、男性は並んだ料理を見て何か気づいたのか、半券を持つと初老男性と共に働くこちらも見慣れた中年女性を呼んだ。
この店のスタッフは日中は若者や学生のバイトさんが多いのに、夜遅くなるとグッと年齢層が上がる。
「これ、きてないっすよ」
中年女性が半券を確認する。
「あ…、すみません。すぐお持ちします」
何がくるのかと手を止めて見ていると、もう一皿、サラダが運ばれてきた。
定食にプラスしてサラダをもう一つ頼む。これは中々珍しい。
外で食べるときは大体いつも、大手各社各地の牛丼店で食事をし、他の客を見るのが好きな僕でも初遭遇の注文の仕方だ。ベテランのホールスタッフである彼女でも、つい忘れてしまったのは納得できる。
彼はサラダ二皿を一気にかきこむと、大盛りご飯と牛肉をペロリとたいらげた。そして水を一気飲みすると満足そうにこう言った。
「これだけサラダ食えば大丈夫でしょ」 と。
時刻は深夜1時過ぎ。野菜を沢山摂れたことが満足なのか、ボリュームたっぷりのご飯や肉に対して負けないくらいの野菜を食べられたということなのか、何が「大丈夫でしょ」なのかよく分からなかったが、僕は「羨ましいくらいの単純者だな」と思わず見入ってしまっていた。
先に入店して注文は牛丼とみそ汁だけだった僕は、自分の倍額くらい頼んだ彼に先に退店されることとなった。
中年女性の視線を感じたわけではないが、半分残っていたみそ汁を一気に飲み干すと、口も拭かず慌てて店を出た。
家に着くとシャワーを浴び、それなりの時間ではあるが、中毒なので風呂上がりにブラックのアイスコーヒーを飲む。
物で溢れたテーブルに小さな隙間を作り、遅い夕飯を食べ始める。
コッテリとした主食をたいらげると、重いエコバッグをぶら下げ肩を真っ赤にして運んだ野菜ジュースを、一滴も残さんと容器がベコベコになるまで吸い込み、腹も気分も満たされる。
そして、心の中でこう思っている。
「野菜ジュース飲んだから大丈夫でしょ」と。