環境に染まりやすい私が、『自分の人生を自分らしく楽しむ方法』を見つけた話。
あなたは今『自分の人生を生きていますか?』
今回お話を聞かせて頂いたのは、医療機器メーカーの営業マンとして活躍しながら、休日は息子の少年野球で審判免許まで取得して子供達の試合をジャッジしている『松本 秋生』さんです。
ここまで聞くと、どこにでもいそうな『良き日本のお父さん』のように聞こえますが、『松本 秋生さん』の人生には、私達が仕事や育児に忙殺されて、見失いがちな『自分の人生を楽しむヒント』が沢山隠されていました。
あなたは今『自分の人生を生きていますか?』
松本さんのお話から『自分の人生を、自分らしく生きるヒント』を見つけられるはずです。
母親から受け継いだ『お調子者』のDNA
松本さんは、明るくお調子者の母親と、物静かで寡黙な父親の間に生まれました。
どちらかと言うと母親の性格を引き継いでおり、特に『明るくお調子者』と言う点は、のちにお調子者エピソードが出てきますが、DNAの恐ろしさを感じながら育ったそうです。
人生で初めて『やりたい!』と言った日
そんな松本さんは、外で遊ぶのが大好きな少年で毎日のように友達と公園で遊んでいました。
ただ、自分から友達を誘って遊ぶタイプでは無く誘われて遊びに行く少年でした。
小学生低学年の時に、公園でボール遊びをしていると友達が『僕サッカー習い始めたんだ。』と話し出し、友達がいつものようにボールを蹴りました。
すると、その光景に衝撃が走ります。
なんと!
自分よりボールが飛ばなかった友達のキックが、、、
飛行機がはるか彼方に飛んで行くように『ビューン!キラン!』と飛んで行きました。
家に帰るとすぐに『お母さん!僕もサッカー習いたい!』とお願いしてサッカー少年団に入れてもらいます。
人生で初めて自分から何かを『したい!』と言った瞬間でした。
自分が『キャプテン』という違和感の日々
こうして小学校の低学年の時期に始めたサッカーは、最終的に大学まで続ける事になるのですが小学校ではキャプテン、中学と高校では副キャプテンを努める事になります。
ただこのキャプテンという役職は、自ら『やらせて欲しい!』と言った事は一度も無く『お願いされたからやる。』という受動的な形で担う事になります。
勿論、お願いされたら嬉しいし、役割を果たしたいとは思うが『自分よりも、もっとリーダー気質で主義主張がある人がやった方が良いのでは無いか?』と思う事が多々あったそうです。
そして、キャプテンという役職を務めた事で『自分は、みんなを先導する人物にならなければいけないのか?』という葛藤が松本さんに付きまといます。
この時の出来事を、松本さんに『キャプテンは嫌だったのですか?』と質問すると、『嫌だった訳では無いが、自分は環境に染まりやすい性格で向いていなかったかも知らない。』と答えてくれました。
発芽していく『その瞬間を楽しむ!』という才能
その後、大学に進みますが、大学では『自分が明確にやりたい事』が特別あった訳では無く、競技サッカーも高校で辞めて大学は遊びでサッカーを続けます。
大学生の時は『勉強に集中・・・』では無く『遊びに集中!』します。
遊びに誘ってもらった友達との時間で『いかに最大限に楽しさを見出すか』に探究心が芽生えます。
自ら企画する事は無いが、誘ってもらった場所で『死ぬほど楽しむ!』を本能的に実践します。
大学生時代にはこの『死ぬほど楽しむ!』を体現したエピソードがいくつもあり、代表的なエピソードを1つ話してくれました。
コントロールし切れぬ『お調子者』の血
ある日、友達と遊びでフットサルをしている時の話です。
もうフットサルも終わりの時間に差し掛かった頃に、サイドから上空に上がって来たボール(センタリング)に対して、松本さんは何を思ったのかヘディングでは無く『オーバーヘッド』を選択します。
もちろん『オーバーヘッド』など人生でやった事はありません。
その日のフットサルは天気も良く、運動日和で急に『オーバーヘッド』をしてみたくなったそうで、キャプテン翼のような綺麗なフォームで『オーバーヘッド』を繰り出しました。
しかし、ボールは無情にもゴールから大きく外れます。
そして、松本さんは『オーバーヘッド』の体勢のまま頭から地面に落ちてしまい脳震盪で白目を向いて、救急車で運ばれてしまいます。
病院で目を覚ました松本さんは、なぜ自分がサッカーのユニフォームを着たまま病院のベッドで寝ているのか状況が理解出来ず、記憶が飛んでしまっている事に気が付きます。
一緒にフットサルをしていた友達に状況を聞き、『誰も頼んで無いのに勝手にオーバーヘッドを披露した』事を聞かさせれると、明るくお調子者の母親の顔が脳裏をよぎったそうです。
『これは遺伝子なのか・・・』と。
楽しみ過ぎて『死んでしまう』所だった。
この他にも、お調子者の松本さんは『死ぬほど楽しむ!』を本人が意図せずして全うしてしまいます。
スノーボードでは、初心者にも関わらず、上手な友達の真似をしてキッカーと呼ばれるジャンプ台にみよう見真似でチャレンジして、案の定失敗。
その時も頭から落ちて記憶を無くして病院にお世話になってしまいます。
何か楽しい事を、自分で企画する事は無いが、誘われた企画を楽しみ過ぎてしまう性分で、映画『ハングオーバー』を体現するような学生生活を送ります。
医療にお世話になったからこそ『医療』で働く。
大学卒業後は、大手不動産会社に営業職として就職しますが、会社のゴリゴリの営業方針が合わず、他の建設会社に転職した後に、現在は医療機器のメーカーで営業職として仕事をしています。
医療機器のメーカーでは、心臓まわりの機器を病院に営業すると共に、納品も行います。
実際に、患者の生死が関わる重要な手術現場に立ち会い、機器の説明と万が一のトラブルにも対処します。
気づけば10年以上勤務しており、会社でも古参のメンバーになって来ました。
人の生死に関わる仕事と、緊急を要する仕事が故に心労も多く、体力的にも精神的にもハードな仕事ではありますが、この仕事を頑張れる要因が2つあるといいます。
1つは自分自身が、病院にお世話になった事が多い人生だったので、仕事という形で医療に対して『恩返しと貢献』がしたいと感じている事。
そしてもう1つが『息子の存在』だと言います。
『死ぬほど楽しむ!』を息子と一緒に。
松本さんには小学校6年生の一人息子がいます。
野球が大好きで、四六時中、野球の事を考えている少年なんだそうです。
そんな息子は、小さな頃から野球が好きだった訳ではありませんでした。
小さい頃に色々とスポーツを体験させてみるが、どれも『興味なし』という反応。
小学校3年生の時に、野球に興味がありそうだったので、野球チームの『体験』に連れていってみると『野球が上手くなりたい!』という気持ちが発芽したようで、『僕、この野球チームに入りたい!』と松本さんに直訴してくれたそうです。
松本さん自身が、幼少期に自らサッカーを『やりたい!』と言った時のように、何か自分自身で『やりたい!』と息子が言ってくれるのを待ち望んでいた松本さんは、この日の事を『本当に嬉しかった!』と当時を思い出すように話してくれました。
そしてこの日から松本さんは『息子の一番の応援者になろう!』と心に決めます。
ただ、そんな気持ちとは裏腹に、松本さんの野球知識は『ゼロ』でした。
息子と野球を『楽しむため』に見つけた道。
松本さんは、息子と野球を『死ぬほど楽しむ!』為に何が出来るのかを模索します。
野球の経験も無いし、ルールも分からないのに指導者というのもおかしい。
自分が息子と所属チームの為に貢献できる事は何か?と考え抜いた結果、『野球審判の資格』を取る事を決めます。
野球のルールは複雑な部分があり、ルールを熟知していると、ルールを武器に得点に繋がるキッカケを作る事も出来るスポーツだと理解したからです。
そして、『野球を教えてくれる指導者はいっぱいいるが、ルールに詳しく適切に指導してくれる人は少ない』とも感じました。
所属チームからも『審判員』が不足している事を耳にしていた事もあり、自分が息子と野球を『死ぬほど楽しむ!』道を、松本さん自身も自ら見つけます。
野球を『死ぬほど楽しむ!』と決めてから松本さんの行動力は猪突猛進です。
すぐに『野球審判員免許』を取り、少年野球の公式試合でもビジバシとジャッジします。
勿論、審判だけでなく持前の明るさを活かして、他の親御さんとも積極的に仲良くなるよう努めました。
そうして、今は息子の野球を楽しむだけでなく、野球を通じて色々な人と繋がる事にも『人生の豊かさ』を感じているそうです。
迷いながら見つけた『自分らしい生き方』。
そんな、休日を謳歌している松本さんに『仕事は楽しいですか?』という質問を投げかけました。
すると、松本さんからは意外な回答が返って来ました。
『楽しいと思った事は一度も無い。』
『命を預かる責任感と、誰かの役に立てているという使命感で仕事をしている。』と胸を張って答えてくれました。
そして、
『自分は仕事はそれで良いと思っている。』
『その代わり休日を目一杯楽しむようにしている。』
『日の出と共に起きて、ベットに入ったら直ぐに寝てしまうくらい休日を満喫する事を楽しんでいる。』と続けて話してくれました。
息子にも『自分の人生』を生きてほしい。
最後に『息子さんへの想い』を聞くとこんな事を話してくれました。
『自分は人に流されて生きてきた部分があった。』
『後悔とまでは言わないが、もっと自分でやりたい事を見つけて生きてみたかったとも思う。』
息子に自分の気持ちを託すわけでは無いが、と前置きした上で
『息子には自分のやりたい事を自分で決めて進んで欲しい。』
『そして何より”自分の人生をとことん楽しんで欲しい!”』
『楽しめなければ進めないし、夢中の先に”人生の豊かさがきっとある”と思う。』と松本さんは、話してくれました。