疫病退治祈願にお大師様 川崎大師への参道風景 20.06.14 12:00
今年所要で遅く行った川崎大師の初詣は、コロナ禍のための外出自粛で以降の記憶のオーバーライトが無いため、ついこの間のことのよう。
緊急事態宣言の外出自粛は解除されたが、県をまたいでの移動は推奨されず。
そうなると県内ばかりをウロウロすることになり、しかも営業を自粛していた施設は場所によっては再開できていたり出来ていなかったりするので、どこか行こうという選択肢は寺社仏閣に偏ってしまう。
コロナ禍の疫病退散を願うためにはそれも有りかなぁと思い、だったらやっぱりお大師様にお願いに行こう!というわけで、小雨の中、川崎大師に詣でることにした。
梅雨入りほやほやの中、赤い電車の京急の川崎駅で大師線という尻尾の骨みたいな路線に乗り換えて訪れる川崎大師。
悪名高き川崎国の心臓部へ向かうため、県民としてはどうしても怖気づく。虎穴に入らずんば虎子を得ず、これもご利益のためなら仕方がない。
お膝元こそ街の治安は悪いが、困ったときの弘法大師頼み。
良きにつけ、悪きにつけ、ニホンっていう国が何百年も永遠行ってきた行為。
ここは一つ、お参りに行かないとね。
川崎大師駅からは、味のある門前街並みが続く。
川崎大師は明治神宮とか成田山新勝寺とか神様の本丸とは違う弘法大師をの寺院のはずなのに、ここに毎年正月何百万人っていう人が訪れるのだから不思議だ。
何がそんなに人を引きつけるのか?
雨の参道の雰囲気は悪くないが、このご時世、土産物屋はろくに営業していなかった。
人件費だってバカになるまい。参拝の人が居なけりゃしかたがないか。
疫病退治よりも商売繁盛が切実だろう。それも命有っての話だろうが。
コロナ禍のおかげで日本有数の初詣スポットも面影は全然ない。
社会不安を払拭してもらおうと訪れた川崎大師なのだが、お願いしても大丈夫だろうかと逆に心配になる始末。
神頼みとはそんなものだろうけれども。疫病が雨に洗われ水に流されてしまえばいいのに。
疫病退散も信心も、結局は気持ちの問題。
さて、弘法大師に疫病退治のお願いに参ります。