AIがもたらすオフィスの変化
今や「機械学習」、「AI」という言葉を見ない日は無くなりました。もはやゲームセンターでも見かけることになるとは10年前には想像もしませんでした。この記事では、「AIがホワイトカラーの仕事を奪う」という杞憂ではなく、我達自身がどう変化し、AIとうまく付き合っていけるのかに焦点を当てていきます。「AIのオフィス進出」「私達に求められる素養」「AIがもたらすオフィスの変化」に3部構成にしています。
なお、前回号の「商社のリアルな社風とその背景」の締めくくりに、AIのオフィス進出と共に「残業」「飲み会」が減っていくだろうとお伝えしましたが、機会が仕事をするので、当たり前と言えば当たり前ですが、具体的に我々のオフィスにどういった変化がもたらされるのか、一番最後に考察していきます。
AIのオフィス進出
現状、AIはコンピューターやサーバー等の性能を抜きにすれば、体力や感情という概念がないので、「学習能力」「分析力」「判断力」において人類と比べ明らかに秀でています。多くのオフィス現場でAIが我々の仕事の一部を担うのは間違いありません。あえて「一部」を強調したのは、AIの進出により人がオフィスからいなくなる、というよりも、幅広い業界でオフィス仕事の一部をAIに代替していく未来の方が想像できるからです。そんな未来に向けて、我々はどう変わっていかなければいけないのでしょうか。まずはAI活用の具体例を見てみましょう。
2ヶ月で1億人ユーザー獲得という快挙を成し遂げたChatGPTは、テキスト入力を元に、さまざまなタスクをこなしてくれる優れものです。私達エンジニアは、コードをドラフトをしてもらったり、自分の書いたコードのバグを指摘してもらっています。体感90%くらいの頻度でまともな回答が返ってくるので、従来のGoogleで調べて書き直す煩わしい作業が格段に減りました。
ChatGPTができる仕事はプログラミングだけではありません。試しに商社の仕事の一つ、配船組み合わせをやらせてみました。私からのインプットは以下の文字入力だけです。
・Buyer、Seller、船それぞれ4つの選択肢(値段・数量)がある
・全てのBuyerに貨物を届けなければいけない
・Sellerと船は全てを使う必要はない
・合計の利益を最大化せよ
初めは計算間違いをしたり、条件を誤っての理解したりと、もっともらしい回答は出すが全然使えない内容をアウトプットしていたのですが、驚いたことに間違いを1つ1つ指摘し、正しい考え方を教えると30分もしないうちに、正しい答えに辿り着いてくれました。さらに、一度正しい答えの導き方を覚えると、条件を変えても正しい答えを出し続けることができたのです。
この1つ1つ間違いを指摘し正していくプロセスは、新人教育そのものです。違いは習得速度とAIの作業速度が人の何十倍も早いことです。モチベーションなどの感情がありませんので、一度覚えたらほとんど間違えなくなる点も人間とは違いますし、文句を言わず1個1個すぐに直してくれるので、教える側の負担も少ないです。
私達に求められる素養
じゃあ、AIがやる様になったから人間の関与はいらないか、と言われると、そういうことではないと思っています。機械学習が背景にあるということは、今後のインプットに応じて柔軟に変化していきます。これは良くも悪くもあって、新しい状況に融通が効く一方で、私たちの知らないところで(背後のアルゴリズムを常に観察し続けるわけにはいかないので)新しい情報に影響を受け、再度誤った解答を導き出し始める可能性はあります。ここが従来型のいわゆる「システム」との違いかと思います。
従来型は、人間側がシステムの指定するやり方(Workflow)に合わせていたため、基本的にインプットに対するアウトプットは想定内でした。しかし、学習し続けるAIにとって、私達のインプットがどう影響するか、必ずしも予見しきれない部分があるので、AIの確認・指導は引き続き必要そうです。
先の例で言えば、かなり信頼のおける回答が出せるようになったけれども、いつ何時エラーを出すかわからないので、今後も確認・訂正プロセスが必要だということです。つまり、我々には1)AIとのコミュニケーション能力(間違いを指摘し直させる能力)と2)正解を知っている、もしくは自力で導き出す力(正解を知らずして確認はできないので)が求められます。
1つ目は、どう言えばAIが意図を理解できるのか、繰り返しAIとコミュニケーションをとりながら慣れていくしかないですね。
2つ目の自力で正解を導き出す能力は、会計や法律等の公的な知識は独学できますが、知識を現場でどう応用するか、組織特有の業務については、上司や先輩に教えてもらうしかないでしょう。しかし、AIがいれば、先輩や上司も自ら計算・最適化をする訳ではなく、確認作業に終始するため、本来誰か新しい人にやってもらわなくても良くなります。
すると毎年新人を取る必要はなくなります。これまで毎年採用していたのを辞め、数年に1度「良いやつ」がいたら育てよう、と思うのが人間心理なのかなと想像してます。つまり、これから学ぶ新人としては、3)「こいつを育てよう」と思ってもらえる人格が大切になります。文句を言わないAIと比べられてしまうので、ブーブー文句言いっていた退屈な仕事への取り組み方も変わってくるように思えます。
特にこれまで日本の学校教育・企業人材育成では、答えを正確に出す力を育ててきたわけですが、今後はAIとのコミュニケーション能力も合わせて教育プログラムに組み込む必要があります。新たな教育プログラムを運用するにあたり、4)AI人材育生能力(=より高度な抽象度の高い指導力)が管理職に求められます。
最後にAIオフィスの進出は、仕事における思考の抽象化をもたらします。ここでいう仕事とはこれまでお話ししてきた種類の(ワークフローの確立された)仕事ではなく、新たな事業やビジネスの仕組みを生み出す仕事です。先のChatGPTを使った配船シュミレーションの実験がなぜできたかといえば、「配船を最適化すべき」「この場合の最適化とは利益最大化と定義する」「AIにその能力がある」という5)抽象的な思考をしたからです。
先駆けでYoutubeを始めたタレントさんも「どうやったら限りあるキー局の枠にとらわれずに視聴者にコンテンツを届けられるか」という抽象的な問題意識があったから、Youtubeという手段を選べたのと同じです。抽象的問題意識を(直感的にでも)持てるからこそ、目の前にあるツールや手段の有効性に気づけるのだと思います。
ということで、社会人生活において、AIと共生していくには、これまでの2)知識ベースの能力だけでなく、1)AIとのコミュニケーション能力、3)人に愛される人格、4)AI人材の育成力、5)抽象的思考力も必要になります。
AIがもたらすオフィスの変化
概してAIの進出は仕事の抽象度を上げ、組織変化をもたらします。AIは定型化された作業を代替しますが、AIの進出により、「AIと話す・AIを使って仕事をする」「AIでできることを新たに考える」「AIを作る」「AIを使える人材を育てる」等、抽象度の高い仕事を生み出します。奪われるだけでなく生み出される仕事もあります。従来の定型化された仕事をAIが担うので、人が担う仕事の抽象度は必然的に上がります。
オフィスでこれまで結構な人手をかけていた「作業」が無くなるだけでなく、上司が巻き込まれる社内対応や報告業務も減るため、優先度の高い仕事に割くリソースがチーム全体に生まれ、従来取りまとめみたいな仕事をしていた中堅の役割が薄まるり、組織・ワークフローの「中抜き」が起こると見ています。
18世紀以降扱う情報量が増えたことを背景に中間管理職は出現しました。
詳しく言えば、18世紀頃までは我々の世界には統治者とその他、地主と小作農のようなシンプルな関係しか存在せず、間に誰かが入る必要はありませんでした。しかし、18世紀後半に起きた産業革命や19世紀以降続く技術革新・商業化によって組織が複雑になり、扱う情報量が増えたため、中間管理職というポジションが出現したという歴史です。
優秀なAIの出現により、一人一人がAIの力を借りて取り扱える情報量が増えた、従って中間管理職本来の役割は終わりつつあり、無くなりはしないが今後減っていく、と見るのは乱暴な考えではないかと思います。
実際に私のいるエンジニア現場でも、ChatGPTが出現して以降は中堅上司と関わる頻度が格段に減りました。前まではWeb上で文献が見つけらられずに困ると、中堅の上司に技術的な質問していましたが、今では彼・彼女を煩わすことなく、ChatGPTから多くの答えを得られるからです。また、商社時代を振り返ると、中間層と上司はあくまで別の人間なので、私の意見が仮に中間層を突破してもその上の上司に梯子を外されることも珍しくないので、現場として中抜きが起きていくのは自然の摂理かもしれません。
消えゆく残業と飲み会
さて、既に自明かもしれませんが、「残業」も「飲み会」商社の文化から自然に減っていきます。対人・対会社の関係がなくならない以上、飲み会は消滅までしないけれども、組織構造の変化により、リソースの再配分が起きるので、特定の人たち(おそらく上司層)が社内外の関係構築を担うのではないでしょうか。それ以外の従業員は、定型業務をAIに任せ定時に終業できるでしょう。
以上が、商社業務の現場を経て技術革新の前線に身を置く私の考察です。(2023年2月18日追記)実際にMetaでも中間管理職の中抜きの動きが見られています。では、今後のAIとの共生に向けて、私達個人としてどういった準備ができるでしょうか。次回、AI人材になるためににて、研究等の参考文献をもとに考察していきたいと思います。