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ありのままの自分でいこう

大学院の同級生に、
ちょっとむさい男がいた。

体育系の大学院で
同級生にはオリンピック選手もいたけど
男は地味に目立っていた。

背は高くないし、ちょっとぽっちゃり。
いつもジャージで、
ちゃんと髭をそらない感じが
なんだかいけてない。

おまけに無口だから
いろいろな意味で損した男だった。

その男は私の研究室によく来て
話もしないのに、居座っていた。

ほどなくすると、男の1Kの家で
みんなが集まるようになった。
彼女いない歴25年。
調理をしない男のキッチンのシンクは
いつ行ってもピッカピカだった。

私が出産後に勤めた大学には
偶然にもその男がいて、
同僚となった。

20年くらい前、
大学という職場はまだまだ男社会で、
「女の先生は何もできない」と思われたくなくて
男性教員が嫌がった遠方のグラウンドで指導する
ソフトボールの授業も
「教えられますよ」と
涼しい顔をみせて引き受けた。

子育てをしながらの仕事は
毎日があわただしく
自分の時間はなかったけれど、
日本スポーツ協会の「女性とスポーツ」とか
「子どもとスポーツ」とかの講義が担当できるのも
自分にしかできない仕事だと
学外の仕事もせっせとやっていた。

5年くらいは勤めていたが、
学期途中に手術を必要とする不整脈を発症し、
エアロビクスの授業が担当できなくなった。

突然起こる発作に
おびえながら仕事をするのは怖かった。

そのとき私は誰にも相談できていなかった。
たまたま仕事帰りが一緒になった同僚に
状況を話してみた。

「おまえがいなくても仕事はまわる」


そんなこと言われるとは思わなかったから
スーッとホームに入ってきた
電車を一本、見送りそうになった。

少し出ていた鼻は、しっかりとへし折られた。

天狗になっているつもりはなかった。

それでも彼にひとこと言われるまで
自分ひとりで仕事をしている、みたいに
いい気になっていたんだと気がついた。


私は仕事をするとき
いつも戦闘モードで
虚勢を張っていた。

まるで肩パットが入ったスーツを着ているかのように
肩肘張って頭はカチコチ。

もっと気を楽に、ありのままの自分で働けたら、
教員の仕事は
もっと楽しかったかもしれない。



あのとき言われた同僚の言葉は
今でも耳に残っていて、
別の仕事をする私を支え続けている。

ありのままの自分で働けるようになった私は
仕事をするときも、
まるでご飯を食べるときと同じような感覚だ。

「ご飯食べるぞ〜〜」
「仕事するぞ~~」

いつもスタンスはフラットだから
おかげで私の吸収力は大幅にアップしている。

私の気を楽にしてくれた同僚はというと
同じ大学に勤め、
56歳を過ぎても学生時代と同じ1kに
まだひとりで住んでいる。

きっとキッチンのシンクもあのときのまま、
ピッカピカのはずだ。



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