【本】「RANGE〈レンジ〉知識の『幅』が最強の武器になる」(デイビッド・エプスタイン著、日経BP)
読んだ本のレビュー
★★★★★(星5)〜★(星1)で評価
「まわり道」の効用
本書はまず、タイガー・ウッズの話から始まる
まさに早期英才教育により生まれた有名な天才プロゴルファー
このような天才の登場で加熱した早期英才教育熱(ヘッドスタート信仰)に対して、筆者は釘を刺す
ゴルフのような(本書では、他にも同じ分類としてチェスやクラッシック音楽も挙げられている)ある種パターン化した確実な環境+親切な問題においては、反復練習としての練習量が重要なため、早期英才教育(早期専門特化)が有効なだけだと
現代におけるパターン化できない、未知の問題すら生じる不確実な環境+意地悪な問題を前にして、創造性を身につけるには、「まわり道」して知識経験のレンジ(幅)を広げた方が、かえって有利になるとする
つまり、他分野のかけ離れたもの同士の根底にある構造の類似性を見抜いてそのアイディアを応用できる(遠い移転)能力=アナロジー思考こそが創造性の源泉であり、その能力を養うためには他分野へのアプローチ=「まわり道」が不可欠だと説く
例えば本書では、科学者たちが1世紀以上を費やしても実現できなかった食品の長期保存方法(兵士への食料供給のために必要不可欠だった)としての缶詰の原理を、味覚の世界を渡り歩いた美食家である菓子職人が実現した例が挙げられている
専門バカの回避
断っておくと、本書内で「専門バカ」と表現されているわけではない
本書で言う「スペシャリストがはまる罠」
筆者は、専門家の思考方法について、経験に基づくパターン認識→直感による決定、と分析している
しかし、そのような思考方法が妥当するのはあくまでパターン化した確実な環境+親切な問題だけだと述べる
例としてあげられている、米ソ冷戦時の政治経済についての専門家の長短期予測について、経験年数、学位に関わらずおおよそ不正確で、さらに専門家としての知名度と正確さが反比例していた、という事実は興味深い
そのような専門家の罠について、専門家は、自らの流派に合うように事実を捻じ曲げ、曖昧な問題について型にはまった解決策を導く、すべての世界の出来事を自分好みの鍵穴から見て、何事に関しても説得力のあるストーリーをつくり、しかも威厳を持ってそのストーリーを語れる、と表現している
そのような罠を回避するためにもあえて「まわり道」をして、様々な流派の意見を取り入れ、曖昧さや矛盾を受け入れられるようにすべきと提案する
フリン効果
本書を読んで個人的に興味深かったのは、フリン効果の話
フリン効果とは、20世紀において、時代が進むにつれてIQテストの正解数が伸びていったという現象を指す
近代化以前の人々は、眼の前の身近な生活を離れた抽象的思考ができないが、近代化された現代人は、抽象的思考により自然と抽象的な概念を用いて情報を分類できることが原因だという
例えば、ハンマー、のこぎり、なた、材木をグループ分けする問題を出すと、近代化以前の村人は「できない」と答えている(御存知の通り、材木以外は工作のための道具)
このような近代化による概念化抽象化の能力の取得により、他分野への知識移転=応用が可能になったのだという
この話を聞いて一番に思いついたのは、漫画アニメ「チ。 ―地球の運動について―」
この話は、本書でも登場する地動説発見の話
直接の経験の範囲でしか物事を認識できない近代化以前の中世の人にとって、自分たちの生活とは完全にかけ離れた抽象的な惑星の動きを想像すらできないと言うのは、もっともな話
それを前提にこのアニメを見ていると、科学と言う抽象的概念誕生の産みの苦しみ凄さを改めて実感できる
以上