冬子さんの眼鏡【ショートショート】【30日間毎日note:その25】
「どーこ、かしらー、わたーしの、めがーねー」
冬子さんは忘れっぽい。そして、適当な節回しで歌う癖がある。
「お姉ちゃん、昨日、買ってきたでしょ。緑のフレームの、派手な奴」
夏乃ちゃんは、溜息混じりに声を掛けた。二人分の弁当箱におかずを詰めながら。
冬子さんは、口を尖らせた。
「あの子じゃ駄目。いつもの子じゃなくちゃ」
「じゃ、新しいの買う事なかったでしょ」
夏乃ちゃんの言う通りだ。冬子さんは、しゅんとした。
「だって、可愛かったんだもん。でも、今日のプレゼンは、いつもの子じゃなくちゃ。ああ、昨日、あんなに新しい子を褒めなければ良かった。いつもの子、拗ねたかも」
これでも冬子さんは、会社では課長だ。
「お弁当出来た。五分だけ、探すの手伝ってあげる。見つからなければ、新しい眼鏡ね」
夏乃ちゃんは優しい。
「ありがと! でーてきてー、きみが、いーちばん」
そろそろ、許してあげようかな。
私は、ソファの下からそっと這い出した。
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お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。