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虚無

わたしのいる場は虚無だと
わたしはいう

目の前に目印もひとも何もないという
確かに目の前は原野だ
そこを行かねばならない
虚無の場を

だが誰かがいう
良く見ろと

わたしは目の前を良く見る
何もない
虚無の大地が広がり
虚無の空が広がる

誰かは云う

雑草が生えているではないか
お前の足元に
それがあるからこの場は虚無ではない

すべて抜いてから虚無と言えと

そして続ける
虚無ではないと

この空の上には
雲に隠れた月や星があるではないか

それらを落とすまでは虚無ではないと

わたしは空を見上げる

誰かは云う

雲だってあるではないか

ゆえに虚無ではないと

わたしは何もないと思っていた空間に
多くのものがあることに気づいた

誰かは云う

このまま歩いて行けば
ひとに会えるではないか

ゆえに虚無ではないと

わたしは歩き出す
この大地の上を

足の下には虫がいるではないか

小石が、砂が、泥があるではないか
ゆえに虚無ではない

耳をそばだてろ
水の音がしないか?
川がある
魚や小エビがいるはずだ

向こう岸に灯りが見えないか?
ちいさくまたたく人家の灯りが

お前は孤独ではないではないか

あそこに誰かいるではないか

そこまで歩け

歩けるだろ

目的地まで歩くことを虚無とは呼ばない

いつしか出始めた月明かりに照らされて

わたしはたどり着いた家のドアをノックする

背後から声がした
だから言っただろ
お前は虚無ではないと