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【祝!来日】'00年代以降の映画/ドラマから聞こえてくるジャーニーの名曲

 10月19日から7年ぶりの来日公演を行うジャーニー。「ジャーニー」というバンドを説明する時、ベテラン洋楽ファンは「産業ロック」と揶揄するかもしれません。2024年1月、米レコード協会が彼らの「ドント・ストップ・ビリーヴィン」をデジタル配信分も含めて18×Platinum(1,800万枚セールスに相当する)に認定したことで、”Journey’s "Don't Stop Believin'" is officially the biggest song of all time”(ジャーニーの「ドント・ストップビリーヴィン」が公式に史上最大のヒット曲になった)という記事がアメリカの経済誌『フォーブス』に掲載され話題になりました。
 1981年にリリースされ、当時は全米チャート62位の中ヒットに過ぎなかったこの曲が、なぜ世代を超えてこんなに愛されているのでしょうか?どうやら、2000年代以降、多くの映画や海外ドラマでジャーニーの名曲が使われていることと関係があるようです。映画/海外ドラマにも精通している音楽ジャーナリスト:高橋芳朗さんにまとめていただきました。


1. 産業ロック?

 70年代ハードロックやプログレッシブロックの大衆化を推し進め、文字通り大規模な会場で映える壮大なサウンドによって1970年代後半から1980年代にかけて人気を博したアリーナロック/スタジアムロック。このラベリングをされたバンドの多くは「商業主義的」「保守的」「類型的」などと何かと蔑まされてきた歴史があるが(日本においては「産業ロック」なる不名誉なネーミングが与えられている)、80年代ポップスの鮮やかな引用で数々のリバイバルヒットを誘発したNetflixドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016年~)の選曲――劇中ではフォリナー「Cold As Ice」(1977年)、REOスピードワゴン「Can't Fight This Feeling」(1984年)、TOTO「Africa」(1982年)等が流れる――などを踏まえると、このジャンルの受け止められ方が大きく変わりつつあることを痛感する。そもそも2000年代ごろまでは映画やドラマの挿入歌にアリーナロックの既発曲が使用されること自体が少なく、仮に使われたとしても『40歳の童貞男』(2005年)でのエイジア「Heat of the Moment」(1982年)や『アドベンチャーランドへようこそ』(2009年)でのラッシュ「Limelight」(1981年)のように決まって揶揄や嘲笑がセットになっていた(ポール・トーマス・アンダーソン監督の1997年作、『ブギーナイツ』の最大の修羅場で流れるナイト・レンジャーの1984年のヒット「Sister Christian」は衝撃だった)。

 もっとも、その『ストレンジャー・シングス』シーズン4(2022年)のメインテーマとして「Separate Ways (Worlds Apart)」(1983年)が使われているジャーニーの楽曲に関しては、アリーナロック勢のなかでも例外的に2000年代から映画やドラマの中で耳にする機会が多かった印象がある。しかも彼らの曲に対しては先述したような冷笑的な視点の介在が一切なく、むしろ物語のエモーションを強く後押しする決定的な場面で投入されるケースがほとんどだった。

2. 2000年代、高まる再評価

 ジャーニーの楽曲をフレッシュに提示したという点においてエポックだったのは、テレビドラマ『地上最強の美女たち! チャーリーズ・エンジェル』(1976~1981年)の映画化第2弾として2003年に公開された『チャーリーズ・エンジェル:フルスロットル』のエンドロールで流れる「Any Way You Want It」(1980年)だろう。この劇中では1970~1990年代の気恥ずかしくなるほどの大ヒット曲をジュークボックス的に畳み掛けていくことによって前作『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)よりもさらに陽気に弾ける3人のエンジェル――キャメロン・ディアス、ドリュー・バリモア、ルーシー・リュー――を盛り立てていたが、大団円を飾る「Any Way You Want It」は膨張しきった多幸感を最後の最後で爆発させる絶大な効果を果たしていた。これはおそらく1990年代以降のハリウッド大作でジャーニーの楽曲を大々的に使用した最初の例だと思うが、この選曲にはジャーニーの楽曲の本来的な良さ、ひいてはアリーナロックの根源的な楽しさ(劇中ではラヴァーボーイの1981年のヒット「Working for the Weekend」も印象的に使われている)を改めて世に問うような新鮮味があった。

 2003年にはもうひとつ、ジャーニーの再評価を強烈に促す作品が登場する。娼婦の連続殺人犯アイリーン・ウォーノスを題材にした犯罪伝記映画、主演のシャーリーズ・セロンにオスカー主演女優賞をもたらした『モンスター』での「Don't Stop Believin'」(1981年)だ。貧困と虐待によって絶望感に苛まれていたアイリーンはバーで同性愛者のセルビーと出会うことによって生きる希望を見出すが、二人が最初のデートで訪れたローラースケート場で天から降り注ぐように流れてくる「Don't Stop Believin'」を浴びながら互いを求め合うシーンには心が激しく震える感動があった。アメリカンドリームを地で行く「Don't Stop Believin'」のメッセージについて、ジャーニーのメンバーで作者のひとりでもあるジョナサン・ケインは「夢見る許可を与えてくれる歌」と説明しているが、この『モンスター』の一幕はまさにそんな曲の本質に迫る名場面だろう(なお、「Don't Stop Believin'」は同じ2003年にグウィネス・パルトロー主演のロマンティックコメディ『ハッピー・フライト』のタイトルバックでも流れるが、これも片田舎で生まれ育った主人公ドナが国際線のキャビンアテンダントにを目指すストーリーに見事に合致した選曲だった)。

 この『モンスター』が曲の魅力を広く再認識させたようなところもあったのだろうか、2006年にはマフィアのボスと彼を取り巻く人々の人間模様を描いたHBO製作のテレビドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』のシリーズ完結編、シーズン6最終話「哀愁/Made in America」のエンディングを「Don't Stop Believin'」がエモーショナルに彩っている。エミー賞でケーブルドラマ史上初の作品賞を含む21冠を達成した国民的人気ドラマのフィナーレを飾ったインパクトは大きく、ジャーニーのギタリストでソングライティングに名を連ねるニール・ショーンの携帯電話は放送後しばらくのあいだ鳴りっぱなしだった、なんて逸話もある。また、「Don't Stop Believin'」の3人のソングライターのうち、『ザ・ソプラノズ』での使用を唯一ためらっていた元ボーカルのスティーヴ・ペリーは、番組プロデューサーの懸命な説得もあって放送のわずか3日前になってようやく許可を出したそうだが、結果的に彼のこの決断は相次ぐボーカリストの脱退で活動休止を余儀なくされていた古巣ジャーニーの運命をも大きく変えてしまう。ドラマの放送後、「Don't Stop Believin'」に寄せられた凄まじい反響—— iTunesのダウンロードランキングで17位に急上昇したほか、前週と比較してラジオのオンエアが192%増加。2004年に再編集されたベストアルバム『Greatest Hits』も全米チャートでトップ20入りを果たした——によってモチベーションを取り戻したバンドはフィリピン人シンガーのアーネル・ピネダを新メンバーに迎えて一念発起、翌2008年にアルバム『Revelation』を制作して劇的な復活を遂げることになる。

2008年のアルバム『Revelation』

3.『glee/グリー』の衝撃

 こうして「Don't Stop Believin'」のリバイバルによるジャーニー再評価の気運が高まっていくなか、そんな流れにとどめを刺したのがオハイオ州の田舎町の高校のグリークラブ(合唱部)を舞台とする青春ミュージカルドラマ、アメリカで社会現象化した『glee/グリー』だ。2009年放送のシーズン1第1話のクライマックス、落ちこぼれ集団の新生グリークラブ「ニュー・ディレクションズ」の誕生を高らかに告げる楽曲として選ばれたのは他でもない「Don't Stop Believin'」だった。当時の状況を、ニール・ショーンは次のように振り返っている。

「『Don't Stop Believin'』が世界的なアンセムになるのには何十年もかかった。なぜこの曲が新しいミレニアムの中で爆発的にヒットしたのかというと、まずシャーリーズ・セロン主演の映画『モンスター』があった。次はドラマ『ザ・ソプラノズ』。そして『glee/グリー』が始まったんだ。最初はティーンエイジャー向けのドラマだと思っていたし、自分たちにとってはクールじゃないと考えていた。ちょっど怖くなってしまったぐらいだったから、まさかこれが若い世代にジャーニーを知ってもらうきっかけになるなんて思ってもいなかったよ」

 グリー・キャスト版の「Don't Stop Believin'」は番組放送直後にデジタルシングルとしてリリースされると、全米シングルチャートで最高4位、全英チャートでは最高2位にランクインする。このあと『glee/グリー』は2015年まで続くことになるが、機会あるごとに演目に組み込まれて最終第6シーズンに至るまで計6回披露されることになる「Don't Stop Believin'」はまちがいなくドラマ全編における最重要ナンバーだろう。『glee/グリー』は「Don't Stop Believin'」のほかにも「Faithfully」(1983年)や「Any Way You Want It」、「Lovin', Touchin', Squeezin'」(1979年)といったジャーニーのヒット曲を取り上げているが、これらが彼らのカタログの売り上げに多大な影響を及ぼしている事実も見逃せない。実際、「Don't Stop Believin'」のオリジナルバージョンはグリー・キャスト版のヒットを受けて全英チャートで6位にまで上昇。1981年の発売当時に記録した62位を大幅に上回る成績を叩き出している。さらに代表曲を網羅した『Greatest Hits』のロングセラーにも拍車がかかり、今年4月には全米アルバムチャートで通算ランクイン800週を突破。ピンク・フロイド『The Dark Side of the Moon』とボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Legend』に次ぐ偉業を達成した。

4. 復活、そして物語は続く

 この『glee/グリー』が決定打となって、以降ジャーニーの楽曲を使用する映画やドラマは急増する。主なところでは『トロン:レガシー』(2010年/「Separate Ways」)、『マネーボール』(2011年/「Don't Stop Believin'」)、『ロック・オブ・エイジズ』(2012年/「Any Way You Want It」「Don't Stop Believin'」)、『ベター・コール・ソウル』(2015年/「Any Way You Want It」)、『ドリームプラン』(2021年/「Only the Young」)、『コブラ会』(2021年/「Open Arms」)、そして直近では冒頭でも触れた『ストレンジャー・シングス』などがあるが、ここまでの流れからもわかるように2000年代前半から徐々に盛り上がっていったジャーニー再評価の波は彼らの楽曲をフィーチャーした映画/ドラマの貢献が極めて大きいだろう。「Don't Stop Believin'」がメジャーリーグ観戦時の愛唱歌として、あるいはコロナ禍で患者を激励する歌として定着したことに示唆的だが、ジャーニーの名作の数々がアメリカ国民にとって生活レベルにまで浸透しているのは、彼らの楽曲が「物語」と共に継承されたこととも無縁ではないような気がしている。(文:高橋芳朗)

〈高橋芳朗〉東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考~映画から聴こえるポップミュージックの意味』『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』『ディス・イズ・アメリカ~「トランプ時代」のポップミュージック』『KING OF STAGE~ライムスターのライブ哲学』『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』『生活が踊る歌~TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」音楽コラム傑作選』など。ラジオへの出演/選曲は『ジェーン・スー 生活は踊る』『金曜ボイスログ』『アフター6ジャンクション』など。

https://www.tbsradio.jp/personality/takahashi-yoshiaki/

2000年代以降のジャーニー復活ストーリー、いかがでしたでしょうか?この機会に、彼らの名曲・ヒット曲を「来日公演 予習プレイリスト」でお楽しみください。
★10/24(木)の武道館公演終演後には、プレイリストの収録内容がライヴのセットリストに変更されます。あらかじめご了承ください。。

(構成:SMJI・有田尚哉)


5. 来日公演の詳細

7年ぶり、待望の来日公演!結成から50年、新たな旅路の幕開けが今ここに!! 「ドント・ストップ・ビリーヴィン」、「オープン・アームズ」、「セパレイト・ウェイズ」・・・究極のベストヒット・ライブ!
<ジャパン・ツアー日程>
【大阪】10/19(土)Asueアリーナ大阪 17:00開場/18:00開演
【横浜】10/21(月)パシフィコ横浜 18:00開場/19:00開演
【東京】10/23(水)日本武道館 18:00開場/19:00開演
【東京追加】10/24(木)日本武道館 18:00開場/19:00開演