君が気付いてくれる日には、私はもういないだろう
コロナ禍と言われて久しいが、その前に、夫と大喧嘩をしたことがあった。
原因などはくだらない。生活の中に積もり積もった、小さな小さな不平不満。それでぶつかりあった。夫婦というか、生活をともにしている人間がいれば、そういった細かい不満はたまっていくと思うので、自然なことだと思う。それはそれでいいのだが。
30分ほどだろうか、なんだかんだ、ワアワア、ギャアギャア、キャンキャンと言い合いをしたその落とし所、締めの一言として、夫は言ったのだった。
「俺も、家事とか手伝うからさ。気づいたときに」
なんか、これで解決、みたいなイケメンっぽいトーンで言い放つと、自分の部屋(そう、彼は自分の部屋を持っている。私にはないのに)に引っ込んだ。
リビングに1人残された私の脳内では
はぁ~~~~~~?
(うっせえわ、のイントロっぽく読んでください)
が鳴り響いていたんだけども。
て、てててててて、てつだ、手伝う???
いや、まあね、そうね、ごめんごめん、落ち着け私、カームダウン、ベイビー。そうよ、手伝うスタンスでもいいわよ、別にね。私のほうが家にいる時間はずっと長いんだもん。私リーダー、君はサブってことさ。オーケーオーケー。
……でも「気づいたときに」ってさぁ…
いつ??
ごめん、おばちゃんちょっとさ、耳はいいほうなんだけど、「キヅイタトキニ」って聞こえたんだよね。それってさ、日本語だから主語がないけど、「俺が」気づいたとき、か。When I noticeだよね。ということは、君に判断は委ねられているわけだ。
え
いつ??
ごめん、本当に分からない…。それって、君が「気づかない」状態であれば、「やらない」ってことですよね。
え、すごい。すごい自己中心感がすごい。天動説か。ワールドイズマインか。神様仏様俺様か。
で。そこから。
コロナが流行りだし。東京オリンピックがあって、北京オリンピックがあって、なんとロシアがウクライナに侵攻を始めてしまった2022年。世界は100年に1度と言われるほどに激動していたけど、うちの夫が「気づいて動く」ことはなかった。
ほんま、数年前になるからね、あの喧嘩、いつでしたっけね…と記憶はおぼろげながらも、夫の言った一言は私にぶっ刺さってるので余裕で再生できる。
「俺も、家事とか手伝うからさ。気づいたときに」
(お好みのイケメン俳優の決め顔とともにお読みください。トーン的にはそんな感じやった)
うん、いつ気づくの?
ちょっと実験しようと思って「洗濯物を取り込まない」という方法を取ってみたこともある。
夫はここ数ヶ月で、なぜか突然ホタル族(しってるかいえる、これは平成の言葉だよググってごらん)になったため、私が洗濯物を干すバルコニーでご喫煙あそばされるのだが、そこに3日ほどバスタオルとか、スウェットなどを干しっぱなしにしてみたのだ。いくら冬でも2日もあれば乾くので、あきらかに「放置」という感が出るはずである。
…気づかなかった。
日に何度とそのバルコニーに出るのに、干してある何枚ものデカいバスタオルも、かさばる自分の仕事着も「乾いているのかな?」と確かめることもしないらしい。
「洗い物をためる」というものやってみたことがある。シンクに洗い物をそのまま放置してみた。4人分の皿や調理器具だ。シンクにはお皿マウンテンができあがっている。汚らしいぞ、どうだ。
気づかなかった。
「食事の後に、なかなか皿を下げない」というのもやってみた。私は生理痛がめちゃんこ(アラレちゃんだよググってごらん)重いので、その日に本当に体調が悪かったのもある。食事の後、ゴロリと寝転がり、1時間以上も皿をテーブルに放置してみた。
気づかなかった。
うん、永遠に気づかないなこりゃ。ダメですわ……お義母さん、どうしちゃったんですかこの子、家事を自分の知覚の外においてますけど、そういうエリート教育をなさったんでしょうか。
私が生理痛で寝込んだ2日の間、洗濯機から家族4人分の汚れ物があふれて、洗面所の床に山をつくっていましたが、あなたのお子さんはその山を大きくはすれど、小さくはしませんでした。
ふふっ、なんだかポエムみたいですね、お義母さん。あなた、結婚当初言いましたね。「私ね!!家事をやるように、子供を育てたから!この子、よく動くでしょう!?」うふふっ、嘘でしたね。嘘はいけませんよ、お義母さん。1ミクロンも動かないです☆
つかね。まあ、知っててあえて。ぐだぐだ言ってんだけど。
言えばやるんだ。
そりゃそうよ。言えばいい。それが家事分担なんて、全ての解決策なんよ。そうだってことはアホな私にも分かってるさ。夫も自己中心銀河系何も気づかない星人とはいえ、地球に住んで40ウン年、日本語を解するのだから、言えばいいのさ。
「ちょっとここにあるバスタオル、取り込んでくれない?」とか。
「お風呂洗ってくれると助かるわぁ」とか。
ああ、そうだよ。言えばやるだろうね。言えばね。
でもさ、一度は言っちゃってんじゃん、本人が。
「俺も、家事とか手伝うからさ。気づいたときに」
ときに、ときに、ときに…と脳内でリフレインする、なんかしらんけどキメ顔と声。あ、いや、ごめんやけどキマってなかった、お笑い芸人の粗品さんによく似ている旦那は、イケ顔をつくってもちょっぴり面白いのだ。
それでも私は、その言葉は私に対する少しの関心だと思いたかったんだ。まだ、私を気遣う余地が彼にあると。
あえて何も言わず、夫が「気づく」のを待っているのは、多分、夫の自主的な動きが見たいのだと思う。それによって、かけらでも私に関心や愛があるかどうかを確かめたいんだ。
だってさ、人間関係において好きの反対は、無関心だから。一緒に住んでいる、一度は恋に落ちた男に無関心決め込まれて元気100倍アンパンマァンな女がいたらちょっと見てみたいわどんなパンだよどんな強力粉キメてんだよってなるし。
要するにクソみたいな愛情確認、承認欲求のために、自分の首を自分で締めてる(言えば日頃の家事や雑事を手伝って?もらえるのに、言わないで待っているという愚かさよ)という状況で。
まあ、今分かっている事柄としては、ずっと家事、手伝うことありまっせぇ~~には気づいてもらえてないので、夫は多分、私に毛ほども関心がないんだろう。分かっちゃいましたよあら地獄。地獄ですよ奥さん。愛がない。愛されてない。多分「自動エサ出し機」ぐらいの認識は持ってもらえてるかもしれないが。あれだ、リモートでポーンと出るやつね。便利なやつ。
ああ、つらいな。このままでは私の自己肯定感は地面を突き破り、地球の裏側に到達するだろう。向こうの地面から生えたら逆に天に向かって伸びるので、もしかしたら自分を認めることができるのかもな、てか自己肯定感ってたけのこなの?じゃあ煮たら美味しいのかな、炊き込みご飯が一番好きだけど、などとゆるみはじめた寒さの中、バルコニーで無駄に空を見上げながら思った。
夫が私の何かしらに気づくとき、すでに私はこの世にないのかもしれない。愛してくれとただただ待つ肉の塊は、カチカチで冷たくなって、何の役にも立たないから、彼はそれをごみ袋に入れてくれるだろうか。
それとも収集日が分からないから、「ねえ、コレ片付けといてよ」とどこかに向かって言うのだろうか。
まあそのとき私は、いないので、どうでもいいか、と考えると少し楽しくなってきた。
今日も私は洗濯物をバルコニーに干しっぱなしにする。雨の予報はないから、3日はいけるだろう。タバコを片手に、カラカラに乾いてはためく洗濯物を「見えないもの」とする夫はどんな表情なのだろうか。私がいなくなったときの表情と同じなのかもしれない。見たいような、見たくないような気がする。
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