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3.11から10年 - わたしが思うこと -
雨降り月曜日。
恵比寿まで行って来た。石井麻木さんという写真家の写真展を見に。
無料だって?ハードル下げてくれてる、行くしかないな、いいきっかけだ。
昨日、ツイッターのタイムラインに流れて来て知った。
一晩考えて行くことにした。
なぜなら、わたしは震災の話題を自ら口にすることはためらってきたから。
2011.3.11
わたしは当たり前のように東京に居て、自宅のベッドにもぐってぐったりしてた。
〜中略〜
18歳まで15年間、東北の海の街で育った。とはいえ、家族で住んで居たのは山の方の社宅。
そして、わたしが高校卒業後何年かして両親は内陸部に引っ越していた。
じいちゃんばあちゃんは亡くなっていたし、親戚は結構いるけど親しく付き合ってはいない。
病気になってから1度も帰ってなかった。
母親はわたしの病気を隠したがった。わたしはいわゆる” 地元 " が嫌いだったから体調悪いのを無理してまで帰りたいとも思ってなかった。
TVを点けると、瓦礫やひっくり返った車や...すぐに、めまい、頭痛、吐き気、過呼吸などの症状に襲われた。
当時の主治医は「TVのニュースなんかは見ないほうがいいかもしれませんね。」と言った。
わたしは見ないことにした。音声は聞いても映像は見ない。
両親は内陸部の自宅で無事、親戚は家を流されて避難所へ。お世話になったばあちゃん(親戚ではない)も避難所へ。
子供の頃から通った大好きなラーメン屋さんの店主は店ごと流されて亡くなった。16歳で知り合い仲良くなった友達のお父さんだ。
高校のクラスメイトの女の子も実家にいて流された。
ライブハウスで知り合った石巻の男の子は行方不明、ギターごと流されてんかな?テレキャス、よく電話越しにいろいろ歌ってくれたっけ。
わたしには関係ない。
わたしには関係ないんだ。
両親生きてるし、いいじゃん。みんなのお墓だって無事だって。
TV見たら具合悪くなるんだ。
募金?ボランティア? したい人が、やりたい人がやればいい。
わたしには関係ない。
「震災で苦しんでる人がいるのに、私はおいしいものなんか食べれません。」
どこかの誰かがインタビューで答えるのが目をそらしたTVから聞こえて来た。
じゃあ、何も食べないで餓死してくれ。
そんな考えはキリがないんだ。
その時はまだ、" わたしは精一杯生きよう "
なんて到底思えず、
" ママを亡くして悲しい子?わたし代わってあげたいよ、生きていたくないから。"
そんなことを何度も思った。
石井麻木さんの写真はね、あったかかった。
すぐに涙がこぼれたよ。
悲しくなるかも?苦しくなったら?
そんな感情じゃなかった。
ネタバレしないようにしなきゃね?
笑顔の姉妹、寄り添い微笑む2人、青空も虹も道も美しいし、あったかい。
音、を届けたミュージシャンたちの背中も横顔も美しいし、あったかい。
『生きること』
『大切なこと、大切な人』
それを知る人たちの姿は美しいし、あったかいんだ。
石井さんが写真におさめた人、景色、もの、音...すべてあったかいから、
わたしは泣いてしまったんだ。
関係ないわけないじゃん。
わかってたけど、
わかってたけど、
わたし、何も出来ないんだもん。
出来なかったんだ...。
でも、今日知ることができたよ。
震災があって、
そこにある想い、いろんなさ。
亡くなった人も生きてる人も想いは美しいし、あったかい。
知ることだけでもいいと思うよ。
行って良かった。
リキッドルームだし?
桜は完全に枯れない限り、毎年、咲く。
また明日も生きよう。
美しくなくても、あったかくなくても、
生きよう。
陽光、って名前の桜。
恵比寿から渋谷に行く通りにあったよ。
雨に濡れてきれいなピンク。
2021.3.8 19:25 海野 詩音