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ある新聞記者の歩み 33 広告主、広告代理店、編集部門・読者とのはざまに立って・・・(広告局の巻第2回)

日頃世話になっている広告代理店の社員が不祥事!、うちだけ広告がはずされている!賞の協賛企業が怒っている!そんなことが突然降ってくる。一方、報道記事は何事にも左右されずに書くのが当然。編集局の立場はわかりすぎるくらいわかっています。それらの間で揺れながらもなんとか落とし所を見つけて売り上げを確保していくという世界。今回は広告局3回シリーズの第2回です。(聞き手:校條諭=メディア研究者)


◆週刊新潮の白抜き広告のいきさつ

Q.おもな新聞の1面、2面の下はたいてい書籍・雑誌広告ですが、最近、文芸誌とか総合論壇誌の広告が少なくなった感じがします。

書籍・雑誌広告なんかは、僕が広告局にいた当時(1993~98年)を思い出すと夢のようですよ。1面か2面の下段の広告は、たとえば文芸誌はその月の「文学界」(文藝春秋社刊)、「新潮」(新潮社刊)、「群像」(講談社刊)、あと「世界」(岩波書店刊)、「中央公論」(中央公論新社刊)などの論壇誌が並んで、日本の“知性”のショーウインドウ“の趣がありました。そういう時代で、今、毎日新聞は確か1面の下の八つ切り本の広告に出るのは「新潮」だけですね。それは本当に変わりました。週刊誌も新聞への広告っていうのはどうなのかな。わずかに週刊文春、週刊新潮が目立つ感じだな。

 
Q.前ほどは出ないですね。週刊現代と週刊ポストも出してはいますが。なんか高齢者をメインターゲットにしているようで、昔と大分変りましたよね。
 
昔は週刊新潮や週刊文春は、毎日新聞社のスキャンダルを書くんだよね。その時、2面か3面の下段は全部週刊新潮・文春の広告。そこに、毎日の社長がどうだとか、給料安いので退社相次ぐとかね、そういう編集記事が堂々と出るわけ。それも必ず社長の顔写真とパレスサイドビルの外見の写真付きで---(笑)。

そこでうちの出版社担当の営業マンが「広告内容を変えてくれ」と頼みに行くんですよ。でも、新潮社、文藝春秋社共に「言論の自由をおっしゃってこられたの、どこでしたっけ?」(笑)。絶対直さないので「削ってけっこう、削った原稿をそのまま掲載しても良いですよ」っていう態度でしたね。そうせざるを得ませんでした。そういうことがしばしばありましたね。それで“白抜き”の不細工な広告がでるんですよ。参ったなあ。
 
Q.あれは朝日なんかいろいろ最近いろいろ叩かれて、白抜きが出たような気もするんですが、新聞社側が白くしているのではないのですね?
 
代理店に交渉してもらって、それにやめてくれって言うんで、そこは出版社側に通告して、原稿を削るんだと思いますよ。出版社側も載らないと困るしね。ただ原稿内容は絶対変えない。ただ朝日批判するなら朝日に載ってないなら意味がない。勘のいい読者ならわかるよね!不自然な“白抜き広告!”急いで朝、コンビニに行ってその週刊誌を買ったりして(笑)。
 

◆電通や代議士の不祥事が起きると・・・


電通の人もけっこう不祥事起こすんですよね。
 
Q.不祥事ってたとえば何ですか?
 
まあ六本木でヒラ社員が大麻持って捕まったりとか、それから電通社員の代議士の息子が酔っ払い運転したとか、そういうのはけっこうあるわけですよ。警察は面白がって出すわけだよな。社会部は社会部でまた面白がって出すわけだけども、電通は電通で勘弁してくれって言ってくるわけですよ(笑)。それは勘弁できません(笑)。それはほとんどやらなかったと思いますよ。
 
Q.扱いを小さくするくらいはあったんじゃないんですか?
 
それはあったと思います。あとは頼まれてそれなりの企業の役員の死亡記事を頼んで載せたことはけっこうありましたね。必ず喪家の葬儀のお知らせが出るからね。それがあるから載せてくれって編集局に頼むわけです。
 
Q.死亡広告じゃなくて記事ということですか?
 
そうそう。死亡記事を載せるから死亡広告が取れるということです。前回、読売のナベツネさんから、務台会長の死亡広告の料金が高いと、うちの社長が抗議を受けたという話をしましたよね。死亡記事は記事が小さいのに広告面の葬儀お知らせは「単価(広告料金)」が高いから、費用対効果でおいしいわけです。
 
Q.その点、朝日、読売なんかは当時は、どうだったんですか?
 
新聞協会で広告局長の会議が月1回ぐらいあったかな。朝日の局長なんかはすごい余裕があったですよ。今は大変だろうけど・・・。今の朝日なんていうのは、ぼくが毎日の広告局長なんかやってる時よりももっと大変だろうと想像しています。部数が伸びない、ダウンするっていうのが新聞にとっては致命的なんです。出す側にしてみれば、費用対効果を考えるわけだから部数が落ちれば、広告費を下げるのが当然なんですよね。

新聞社側は部数ダウンに応じて定価改定っていうのができないんですよ。毎日の場合は僕がいた当時、公称450万部でずっとやってきてるから、その部数を基に経営計画が立案されて、定価は下げられないんですよ。ぼくの時、定価改定をやらなきゃいけないっていう話はあったんだけども、だけどできないんですよ。何十億の損が出ることになってしまうわけだから。それはなかなか踏み切れないんだよねえ。広告が収益の柱だからね。
 
Q.でも値引きはするんですよね?
 
それはもうもう完全なダンピング。毎日の広告掲載定価表なんていうのは、電通・博報堂も相手にしてないし、朝日が500万円だったら毎日は250万円とかね、そういう感じですよね。それとまた朝日が全面だったら毎日は半分か4段だとかね、そういう風な感じで仕切るわけです。代理店は、「毎日は朝日に出ている1面が欲しければ、ここまでダンピングすれば出すとクライアント(広告主)は言ってます」よ、ということになるわけですよ。だからそこのところは非常に苦しかったですよね。

だから通販広告なんかが増えるわけです。単価が安くても広い紙面を取りますから、広告紙面は埋まりますよね。

 Q.新聞の部数の落ち込みは良く知られていますが、新聞広告費の売上げもだいぶ落ちてるんでしょうね
ウーン、全国紙・地方紙あわせた新聞部数の落ち込みは新聞協会のデータを見ると2000年が5370万部、それが去年は2859万部、約半分にまで落ち込んでいますねよね、新聞広告費の売上げは2000年が1兆2474円だったのが、3697億円!、なんと3分の1近くまで落ち込んいるんだからビックリ。ホント大変だよね。こんな数字を見ているといつまで新聞業界は持つんだろう―という気になるなあ。それに比べてネット広告費は2兆4801円、とてつもないい差が出てきている。そう考えると僕のいた当時はまだよかったかもしれないですね。

◆北海道拓殖銀行の破綻広告


でも今でも胸が痛い?というと大袈裟だけど、嫌な商売だなと思ったことがありました。1997(平成9)年に、“たくぎん”の愛称で親しまれていた北海道拓殖銀行が破綻するんですよ。それで拓銀が破綻広告を出すわけです。企業の“死亡広告”みたいなもんですね。それを毎日だけ抜かされてたんですよ。それで電通が「毎日だけ抜かされてますよ」って言ってくるわけ。ぼくが知ってる常務がいたんですよ。それはもう拓銀にしたら金がないんだから、そういうことをやったってしょうがないのんですけどね。

Q.拓銀の常務ですか?

そうです。それで拓銀に行って、そのお兄さんが元毎日の役員だったこともあり、その常務に切々と訴えました。拓銀って大手都銀13行の一つで、毎日だけ抜かされても困るから、ぜひお願いしますって言ってやっと載せてもらったんだよね。言ってみれば、死肉にむらがるハイエナみたいなもんです(笑)。あれは後味悪いなー。あの当時、拓銀と山一証券があったところは“倒産通り”って言ったかな。大手町から日本橋にかけての通りです。

金融恐慌が本当に起きる寸前だったでしょ。97年11月16日、東京シティ銀行の経営破綻があって、その取り付け騒ぎが起きました。だけど取り付け騒ぎが起きては困るから、押し掛けてきたお客さんを全部店内に入れたんですよね。外に見えるとまずいから。そういうすごい時期だったんですね。そんな時期に、死亡広告が載ってないから、お宅の死亡広告出せっていうのは、遺族のところに行って、香典かっぱらってくるのと似てるよね。

Q.でもそれは仕方ないんじゃないですか。
まあねえ。でも苦い思い出です。だから今株高で兜町は沸いているじゃないですか、そういう思い出があるから、株には手を出さないようにしています。

◆元日恒例の出版社広告は今・・・


それはそうと、正月紙面というのは、昔のぼくたちの時は、文藝春秋、講談社、新潮社、集英社あたりが必ずその年の出版計画のラインナップの紹介などを出すわけですよね。あれが楽しみだったんだけども、だんだん出なくなったよね。今各社どうなのかな?

 
Q.それを比較したことがありますけども、元日号は朝日に次いで、今でも毎日にはよく載っていると思います。おっしゃった各社は全面広告を出しています。その理由は何かなと思って、媒体特性で読売や産経、東京よりも出版社は広告を載せる価値があるというふうに見られているのか、慣習なのか断定はできませんが。岩波はとにかく朝日にしか出さないですね。
 
岩波は割と律儀だから毎日にはけっこう出していると思うけど。
 
Q.通常は出てるんですけど、元日の新聞では、岩波は朝日にしか出してません。いずれにせよ元日の新聞自体が広告媒体としては最近もうあんまり重視されていない気がします。
 
昔は必ず大阪本社から家電トップの「松下電器(ナショナル)」今のパナソニックをまず載せなきゃいけなかったんだよね。
 
Q.企画記事も元日から始めるというのが減ってますよね。昔は元旦のスクープ合戦が有名でしたね?
 
スクープは読売が1969(昭和44)年、第一勧銀・三菱の合併を抜いたというのが始まりだったんじゃないかな。それ以降、31日の大晦日まで夜回りして、自分の担当の合併話などのヤバイ話は、実現しそうもないな―と確認した上で、各紙の早番を見てから帰るというのが、編集局の元旦の習わしでしたけどね。だから31日みんな必死になって夜回りしたもんですよ。
 
Q.現在の状況になりますが、ニューヨーク・タイムズなんかはあるタイミングから、広告はもう諦めて有料デジタルでサブスク中心でっていう風に腹くくりましたよね。それで今、購読料収入の方が圧倒的に多くなってます。
 
ただまあそうは言っても、日本の新聞社全体がそこまで脱皮できなかったんだろうな。たとえば少し前の日経なんかは通販広告で、その当時から広告掲載で売れた個数で広告料をもらう方式を導入していたよね。だから夕刊なんか、ゴルフの新しいクラブの広告だとか、そういうのばかりだったでしょ。今はデジタルにからませてのイベント広告ばかりだよね。恐らくイベント開催料に、新聞広告料を入れ込んでいると思うんだけどどうなんだろう。だけどもう今は各紙の広告、みんな通販ばっかりじゃない?
 
Q.多少言い過ぎと思いますが、そうですね、毎日通販新聞(笑)。
 
だから昔は新聞を見れば産業構造がわかったようなものだけど、今はもう見てもわかんないですね。
 
Q.今は高齢者、高齢読者の市場を取りたいところが、広告を載せているという感じです。
 
老人用のおしめとか、尿漏れ防止とか、そういうことですよね(笑)。そういう自分が一番よく見ていたりして(笑)、広告を見ていると、いかに若い人に読まれていないか一目瞭然だよね。

 
Q.アマゾンや楽天市場を見て、スマホで注文するというのができない人が新聞で通販を見てくれるという(笑)。
 
そうそう。でも笑い事じゃないねえ。ぼくもその一人だから(笑)。
 

◆ドコモが怒った広告デザイン賞受賞作


Q.広告局での強烈な印象に残る出来事はなんですか。
 
ウーンそうね、こんな話バラしていいのかな(笑)。
 
毎日広告デザイン賞ってのがありますね。広告賞としては新聞社の中で一番長い歴史と権威のある賞だと思います。なにせ1931(昭和31)に作られた賞、日本で活躍した商業デザイナーの登竜門となっていた賞です。

これに公募部門っていうのがあって、その公募部門に名乗りを挙げた企業(広告をつくってもらいたい企業)に関する広告デザインを公募をするわけです。新進デザイナーが応募をするわけ。普段の自社製品の広告では制約があるが、自由な発想で制作出来るわけ。その応募作の優秀なものを広告界の大御所が審査して表彰、その広告を毎日新聞に掲載するわけです。広告界ではかなりの権威を持った賞です。

今も続いている毎日広告デザイン賞 最近の募集告知

1996(平成8)年の話ですが、ぼくが広告局長の時だったと思うけど、NTTドコモの広告をデザインした作品が大賞になりました。そうしたらドコモが怒っちゃったんですよ。携帯電話、昔アンテナ立ててたじゃないですか。そのアンテナがね、刀(かたな)になってましてね。当時、心臓につける機械がありましたね、そうだ!ペースメーカー。携帯を近くに寄せると微弱電流が流れて、ペースメーカーがダメになって、体に悪影響を与えるっていうことが言われたことがありましたよね。
 
Q.そうですね。電車の中の優先席では、それで携帯の電源を切れと・・・。その後、ガラケーもスマホも問題ないということになったようですが・・・。
 
優秀賞の対象作品となった広告は一面広告(全面広告)になるんですね。そしたらドコモがカンカンに怒っちゃって。そりゃそうですよね。自分の携帯電話のアンテナのところに、凶器となる刀をつけられちゃったんですから(笑)。それでもうこの広告費を担保する金出さないって言うんですよ。困っちゃってね。それを作ったのが、ある大手化粧品会社の専属の商業デザイナーだったんだよね。それで謝りに行って、というか、お願いに行って、デザイン変えてくれって言うんだから無茶ですよね(笑)。審査員はあの時誰だっけ、それは広告界で有名な人ですよ。その人たちにも話して頭を下げに行って、丸く納めましたよ。
 
Q.それらしいデザインに変えたってことですか?
 
変えたんですよ。それが優勝賞・トップでもおかしくはないということを審査員も認めて、落ち着きました。
 
それで今度心配したのは、帝国ホテルで授賞式やるわけです。そのデザイナーがそこの席で受賞のあいさつをするんだけど、その中で「毎日広告デザイン賞」の内幕を暴露したら、とにかく立場ないじゃないですか。
 
Q.本当ですね。だいじょうぶだったのですか?今なら「週刊文春」のネタにもなりそうですね(笑)。
 
そうそう。とにかくその化粧品会社の商業デザイナーも大人で何となく収まったんですけどね。
 
Q.デザインはドコモの了解を取った上で、デザインするんじゃないんですね?
 
最初に、たとえば企業のドコモとトヨタ自動車が立候補をするんです。書籍広告なら新潮社のこれこれと講談社のこの本だとか・・・。それでその広告を作ってくださいということでデザインを募集するわけです。
 
Q.そうすると受賞するまでドコモ側は、どういうのが出てくるかは知らないわけですか?
 
わかんないんですよ。
 
Q.おもしろいですね。
 だから、芥川賞で勧進元の「文芸春秋」の悪口が書いてあるのが入選するようなものですよね(笑)。
 
Q.この話は表に出てるんですか?
 
出てないですね。本邦初公開(笑)。でも必死でしたよ、そのデザイナーを説得するのに---。断られたらどうしようというわけで、ドキドキでしたね。そういうこともあって大変ですよ、企業と代理店と編集局・読者との間に立って(苦笑)・・・。

◆読書感想文コンクールの裏の苦労


 それと70年近い歴史を持つ全国の小中高学生が参加する「読書感想文コンクール」っていうのもね、これはサントリーの買い切りなんですよ。そっちはね、盗作があるんだよね。それを見破んなきゃいけないわけですよ。

Q.ああ・・・それはたいへんですね。ただ読むだけじゃわかりませんよね。
わかんないわけだよね。わかんないけども、その世界の人たちがこれに何等にしようって決めるわけですよ。どういうシステムだったかな。盗作と分かるっていうのもありましたね。

Q.盗作だって発表後に分かるっていうことも・・・。冷や汗もんですよね。  
そうそう。だから新聞に掲載されちゃってからなんて。それはあり得ますよね。相手は小中高校生、上手く処理しないとその子の一生に関わりますからね。 でもこのコンクール楽しい事もあって、表彰式、確か丸の内の「東京会館」でやるんですが、皇太子殿下と妃殿下が出てこられるわけですよ。これなかなか面白くて、両陛下が受賞者の子ども達の中に入って「うちの”なるちゃん“は本を読まなくてこまるんだ。皆どうやって本を読んでいるの---。」と聞かれたり。「なるチャン」って今の天皇陛下だよね。そういういい話ばかりだといいんだけど、やっぱり盗作みたい話があったりして、現場の広告局の担当者は当日まで大変ですよ。

でも表彰式で子供達が感想文を読むんだけど、素直な良い文章でなんかウルウルしてきたりすることがありまたよ。ホントそういう意味では良い事業をやっていると思いますよ。


 Q.そういう苦労は、編集局からずっと出なかった人はわからないでしょうね。 わからないでしょうね。

以前、毎日新聞の題字を刷新するなどの「新聞革命」の話をしましたが、2021年がその30周年になるんです。それに協力してもらったCIの専門家集団のPAOSの人と、しばらく前にメールのやりとりをしていました。前にもご紹介した話ですが、その人は、社内だけじゃなくて、特派員にまで会いに行ったって言うんです。ニューヨークに行った時、ニューヨー支局の記者がね、「私は新聞記者、ジャーナリストで、会社の広告費の売り上げだとか、販売部数だとかは一切興味がない」と断言されて、びっくりしたと。
 
やっぱりそういう感覚の人たちが編集局の幹部になっているわけです。それはそれでよいこと、ピュアでよいことではあるんですが、でも裏方とういか、彼らの給料を作る人たちにとってはそれでは済まないからね。だから、ぼくなんかはそういう意味じゃ広告局を知ったし、それからまあ販売はそんなに知らないけどもね、営業の裏表っていうのはやっぱりある程度わかった。だけどまあこういう産業ってのはあんまりないんでしょうね。企業形態として表と裏がまったく違うっていう、みんな売り上げがあればいいということだけども、売り上げなんか関係ねえっていう言葉を平然と言えるわけだから。
 
Q.ジャーナリズムをビジネスにするっていうのにつきまとう問題なんでしょうね。
 
それは、ぼくたちは原稿書くときはそんなこと一切考えない。考えないけどね。考えないけども、やっぱり頭の片隅にあって、たとえば昔だったら新聞少年が配ってくれてるんだっていうふうなことを、やっぱり思ってないとまずいわね。締め切りに遅れて発送が遅れれば、コスト増になり、新聞少年は学校に間にあわない。 
 

ニュースパーク(日本新聞博物館、横浜市)にある新聞少年の像

◆中小の広告代理店が貴重な役割を果たしてきた


まあそれで、いちばん広告局にいたときに驚いたのは、中小の代理店っていうのがすごくあるわけですよ。それで、今でもあるんだろうけど、今はどういう形になってるかぼくはよく知らないけども、たとえば出版を扱う専門の代理店っていうのがあって、それは、1面下の八切(やつぎり)を買い切りでやって、月1回だけ、買い切って、書籍広告を集めて埋めてくれる代理店。それで、あとはたとえば、新潮社の「波」とか、岩波の「図書」だとか、そういう無代誌の広告を、集めてくる会社とかね、「雑報」といって人材募集専門などを専門に扱う中小代理店があるわけです。神田の裏あたりにはたくさん。

それが、ああいう新聞の、八切だとか、六切(むつぎり)なんかを支えてるんですよ。この人たちは多少インテリ崩れみたいな面があったりはするんだけど、それこそね、知性派読者が支える「みすず書房」を相手にしたりとか、それはなかなかのもんなんですよ。それと企業によっては大手代理店に任せないで、中小の一社に任せてるっていうのがあります。たとえば毎日広告社って毎日の子会社があるのですが、高田の馬場のほうにある白十字なんていう会社の広告を 毎日新聞については一手に引き受けてるわけ。それには電通とか博報堂は手は出せないわけですよ。けっこう大きい会社でもそういうのはありますよ。それから新聞社の広告会社を辞めて自分で 一人で作って広告会社を作って、自分が担当だったA社を毎日の専属にして毎日は俺を通すということで年間二、三百万ぐらいの収入を得るとかね。そういうのをやってる一匹オオカミのような人がけっこういました。今はどうなっているか---。 

1面下の三八(さんやつ)広告と三六(さんむつ)広告 最近の毎日新聞の例
縦3段(全15段だった頃の3段相当)、横八つ切りないし六つ切り

言ってみれば素浪人みたいな人でね。これも個性が強くてその絶対的な信頼をそこのトップから受けてる人が退職後、「それじゃあ毎日の広告はあなたに全部任せますよ」という人も広告局の周辺にはいます。おそらく読売だとか日経だとかもいるはずだよね。そういう広告で飯を食えるっていうすごいというか・・・。

 
これはすべて紙の新聞がちゃんとある時代のことで、これがネットばかりになっちゃったらどうなるかだけど、ネットの世界でもそういうの必要なんじゃないのかなあ。
 
Q.技術があって一匹で広告のプラットフォームを作って、ある範囲のを取ってるとか、そういう人はいるみたいですね。ネットではGAFAのような巨大プラットフォームが量的には圧倒的に広告を扱っていますけどね。
 
でも、そこそこおこぼれっていうのはあるんだと思うんです。だからたとえば瀬尾(傑)さんのやっているスマートニュースだとか、それから何とかいろいろあるよね。そこに入れるのは代理店方式だろうから俺を通して入れるっていうことで、そこに入れるっていうことはあるんでしょうね。そういうのをおそらく2社か3社持ってれば商売になるんじゃないのかね。いや知らないけどね。

ネットニュース関係専属で広告代理店というのはどれくらいあるのかねえ。
 
そういうNewsPicksを扱う代理店とかいろいろあるんだろうなあ。小回りの利く代理店は、新聞社にも流してるのかもしれないけどね。 
 

◆デジタル時代、零細出版社はどこに広告を出す?


Q.そういう代理店の方はありそうな気がするけど、一方で出稿する側の八つ切り広告に出していた零細出版社が一体どこに広告を今出せるんだろうと思ってしまいます。ネット広告は広告料金の面では、個人だって出せるくらいですが、ターゲティング広告でうまく行くのかなあ?
 
そうですよね。それに活字の世界の出版物っていうのは、活字しか出せないもんね。
 
Q.みすず書房なんか、ネットで出すっていうのはイメージがわかないです。どうしていくんだろうと思います。
 
みすず書房なんか、3ヶ月にいっぺんか4ヶ月にいっぺんくらいに、PR誌とか4ページのなんか送ってくるよね。だからやっぱりああいうのでやってるのか。
 
Q.ネット使うとしたら、読者と直接の関係を少しでも作ってリストをためていくっていうことなのかもしれません。
 
そうでしょうね。
 
 

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