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【うつ病】1人で悩みを抱え込んでしまった環境
たぶんうつ病かうつ症状の状態で、私はSOMPOグループの子会社の正社員を退職した。
今考えると退職自体は遅かれ早かれしたかもしれないが、鬼気迫る形ですることはなかったと感じる。
結果、転職先の仕事が合わず、完全にうつ病を発症した。その反省も兼ねて、書き記す。
アルバイトから正社員へ
2020年、アルバイトから正社員になった。
同時にコロナ禍が襲った。
当時から現場はてんわやんわだった。
仕事のことを聞ける状況じゃなく、見よう見まねで様々な仕事をした。
結果、そこから数年、仕事も教えられずに「こなす」ことが上手くなっていった。だから、他人からは仕事ができると思われたのかもしれない。
OAスキルも必要に迫られ、独学で勉強した。
さまざまな仕事を振られるようになった。
管理職へ
2022年、チームの副リーダーになった。
正直、自分の働き振りからして、この年に副リーダーにならなければ退職を考えていた。
4月、そのリーダーの人は他センターから遷移してくるのだが、4月は丸々休んだ。よって、初めて副リーダーをやる私が、4月中はリーダーの仕事も兼任した。
わからない仕事をひたすらやった。記憶はない。
2022年は現場が落ち着いていたこともあり、副リーダーをこなせた。一方で会社内の場当たり的な対応も目の当たりにすることが増え、長くは働けないなと考えていた。
2023年
最悪な環境下
以前にも書いたので簡単に書くが、下記の環境だった。
・他のチームよりも多い管理業務
・スキルの足りていない同僚
・ほぼ新人だらけのチームスタッフ
感覚として泳いでも泳いでも岸が見えないような。
仕事を捌いても捌いても無くならない感覚があった。
よって、仕組みとして解消しようと仕組みつくりを試みたが、大企業の壁で頓挫した
(通常業務だけで大変なのに、また何かを変える等のアクションですり合わせや説明の業務で心は疲弊した)
いつも他のチームは帰ってるのに、私のチームだけ通常業務だけで残業していた。
他のチームは好き勝手にミーティングをするのに、管理業務が多く、私のチームは現場を抜けられなかった。
仕事なんていっぱいあるのだから、こんな職場で働かなくて良いと思った。
尊敬していた先輩の退職
2021年に上司になった課長がいた。
唯一、仕事というものを教えていただけた。
2023年、ある日一緒に帰ることがあった。
参加しているマネージャー会議の内容のレベルが低く、非建設的な会議という話をしてくれた。
そんな中でも働き続けてるから凄いと思った。
私もめげずに頑張ろうと思った。
2023年7月中旬、挨拶に行くと最終出勤日だと告げられた。
他の人には寄せ書きが回ってたらしいが、私にはたまたま回ってきてなかったようだ。
評価制度上、課長になんてなれるかわからない。
最短でも10年はかかる職位。それを失ってでも辞めるのだ。
他の理由からも、この会社でのキャリアアップを考えられないことが起こり、会社で働く意味を失った瞬間だった。
苦しかった
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これは私のツイート。
今振り返ると、なぜ病院に行かなかったのか。
休めなかったのかと悔いが残る。
しかし、先輩に相談しようにもできず、当時の上司もまた他センターから遷移したきた人で関係性がなく不安を吐露できなかった。
元々私が弱音を吐けない性格なのと、関係性のある人が同じチームにおらず、たぶん普段とは違う状態であった思うが、違和感として気づける人はいなかった。
退職しなきゃ死ぬと思った。
休むという選択肢を持てなかった。
結果、私は退職一辺倒で退職した。
転職先ができる仕事だと思ったら、私の中で最も苦手な仕事をさせられた(募集要項には書いていない内容)
私はうつ病になった。
神はこの試練を乗り越えろと言っている。