日本人の無意識の思考回路を認識して、突き抜ける【前編】
新規事業の推進にあたっては、大企業ビジネスマンが持つ無意識のクセに加えて、大半の日本人が無意識に持ちがちな新規事業に不適切な思考回路も、意識的に認識するのがよいでしょう。無意識に持つ思考回路とは、知らぬ間に染み付いているものごとの捉え方や認識の仕方のクセです。
保守本流事業をコツコツ真面目に推進したり、ものごとを既存の延長線上で計画立てて進めるには、日本人の無意識の思考回路は非常に有効に働きます。日本社会がこれだけ秩序が守られ、安定して維持し続けているのは、大半の日本人が持つ無意識の思考回路のおかげです。
反面、その思考回路は、新規事業にはマイナスに働くものが多いです。
●思考回路1:予め答えがあるものだと思い込んでいる
ほとんどの日本人は、ものごとや課題には、予め答えが存在すると思っています。そのため新規事業の企画というと、自分で「考える」ではなく、世に存在するはずと思い込んでいる答えを「探す」ことに力を入れてしまいがちです。時間をかけて、しっかり調査しようとします。
日本の戦後教育は、問題には予め答えが決まっており、その答えを早く見つけて解くことが評価される、正解主義が中心に据えられてきました。その教育を受けた現代日本人の多くは、問題やものごとには予め答えが存在すると無意識のうちに思い込む傾向があります。学校教育で成績優秀者ほど、早く正しく答えを見つけて褒められて育っているため、高学歴出身者の多い大企業ほど、予め答えがあると思っている社員が多いです。
しかし新規事業は、それまで解かれていない問題に対する取り組みです。予め答えがない以前に、そもそも何が問題かの問題発見や解くべき課題の設定が重要です。
ものごとには予め答えがあると思い込みがちの日本人の思考のクセを、認識しておきましょう。
●思考回路2:先生が言うことは正しいと思い込んでいる
ほとんどの日本人は、先生が言うことは正しいと思っています。先生とは、行政などの「お上」はもちろん、会社の社長や上層部などの権威者など。そのため、自分の目や心であるがままに捉えて考えるのでなく、「先生が言ったのだから正しい」と思考停止になってしまいがちです。
多くの日本人は「先生の言うことを聞きなさい」「親の言うことを聞きなさい」と言われて育ちます。幼少期にそのように言われて育った大人のほとんどは、先生の言うことを聞く必要があり、先生の言うことは正しいと無意識のうちに思い込む傾向があります。
しかし新規事業は、それまで解かれていない問題に対する取り組みであり、業界経験豊富な会社上層部や専門家の常識では解けずに残ったままの問題への取り組みでもあります。
人は、予測がつかないものを嫌い、確実なものを好むようにできています。そのため問題に直面し、不安で混乱すると、つい権威者との依存関係性に逃げ込みたくなり、権威者が責任を引き取り、権威者がなんとかしてくれると思い込もうとしがちです。しかし、新しい領域については、先生の言うことが間違っている可能性が十二分にあるのです。
先生が言うことは正しいと思い込みがちの日本人の思考のクセを、認識しておきましょう。
●思考回路3:知識があることが「善」で、知らないことは「悪」だと思い込んでいる
ほとんどの日本人は、知識あり知っていることが「善」だと思っています。ある業界を隅々知り尽くす業界専門家の意見や、ある領域で長い経験を持つ人の意見は、正しいとみなされがちです。
小学校でも中学校でも知識を問うテストがあり、知っていれば「○」、知らなければ「×」が付けられます。少なくとも高校まで、知識の有無をテストされ続け、より知識がある人は成績優秀者と評価されます。そのような教育を受け続けた結果、知識があることが「善」で、知らないことは「悪」だと刷り込まれることになります。
しかし新規事業は、自社ではわかってないことへの取り組みです。知らないことが「悪」なのではなく、何をわかってないのか判別できないことが「悪」です。
専門家は、ある領域の常識や知識を深く理解しています。言い換えれば、その領域が常識とする思考フレームワークに、無意識のうちに最も強固に囚われています。専門家ゆえに、深い業界知識に基づく先入観があり、領域常識を超えた柔軟な発想や、新しい可能性を見ることができません。深い知識がある専門家は、その専門性の枠を超えた新規事業のような総合的な問題へは、適切に対処することができないのです。
知識があることが「善」で、業界専門家や経験が長い人の意見が正しいと思い込みがちな思考のクセを、認識しておきましょう。
過去を紐解いても、世の多くの発見やブレイクスルーは、専門家ではなく門外漢によってなされています。
電話を発明したグラハム・ベルは、エンジニアではなく音声学の先生でした。
ノーベル医学生理学賞者の本庶佑氏は、がん研究の門外漢だったおかげで、業界タブーだった「免疫でがんを治す」研究に取り組み、新天地を切り開きました。
多くの会社やベンチャーが新規参入した小型ジェット市場で、勝ち残ったのは自動車メーカーのホンダでした。航空機業界では非常識とされた、主翼上面にエンジンを配置させることに成功しました。
新しい領域への取り組みは、知識があることが「善」であるどころか、「悪」になり得る場合もあるのです。