#noteで寄付
noteでサポートいただいたお金で、あしなが育英会に寄付しました。その報告です。
サポートのお願い文で寄付をすると宣言しています。その意図は、以前記事を書いたので、興味のある方は、ご覧ください。
「#noteで寄付」は、共感の輪が広がるといいな、と夢想して思いつきました。押し付けませんので、ご安心を。
お金に想いをめぐらすきっかけになれば、幸いです。
①記事にサポートくださったクリエイターさんのご紹介
記事にサポートしてくださったクリエイター・ちゃわんさんに、とび切りの感謝を送ります。ありがとうございます。
今後も、いい記事を書いていきますね。
ちゃわんさんとは、noteを始めた1年前、同じ工学博士ということもあり、何かと交流してきました。noteでの軽やかな文章に励まされています。まだ、ご存知ない方は、のぞいてみてください。
②寄付先のあしなが育英会さんのご紹介
あしなが育英会さんは、次のような団体です。
自分は、教育環境には恵まれていました。学習自体には、かなり時間をかけ、苦しんだと思うけど、学習機会には恵まれていました。若い頃、何かしらの事情で教育を十分に受けられなかったなら、今の職にはつかなかったでしょう。
もちろん、学校教育が全てではないですが、学習の入り口としての機能はやはり必須です。貧困と教育。大切な課題です。
だから、あしなが育英会さんの活動を微力ながら応援します。教育機会の平等を広めることは、私にはできません。ご関心のある方は、サイトをご覧ください。この活動で救われる人が一人でもいれば、嬉しいですよね。
震災でご家族を亡くした子どもたちを継続的に支援している、などこれを機に活動を知りました。
③お金に思いを巡らせる
寄付したお金は、note記事へのサポートです。SDGs史の1970年編でした。
どんな気持ちになったかを簡潔にかきます。
結論から言うと、清々しい気持ちになりました。なんでしょうか、見返りのない親切って、割と根源的な欲求としてあるんじゃないですかね。
仮説としては、マズローでいう安全の欲求に近いところにあるのではないかな。今は、オンラインで働く機会が増えて、ちょっとした親切をすることが減った気がします。一方で、仕事のハードルが上がるほど、タフな態度も必要だから、バランスとして親切をしたくなる、と分析しました。
お金持ちが多額の寄付をすると、偽善だの、節税対策だの言われますが、割とピュアな部分で満たされる感覚はあるのでは、と勝手に想像してます。か弱い哺乳類が生き残るには、敵への強さと内輪の親切さの両方が必要だったでしょうから。
キャッシュレスの時代ですが、実感をもってサポートを受け取り、その分を寄付できました。
親切欲も満たされ、また仕事に励みます。廻り廻るなかで、少しづつ住みやすい社会になりますように。
お金に感謝ですね。
では、お読みくださり、ありがとうございました。
一応、証拠画像を貼り付けます。親切な皆様からのスキをお待ちしてます。プライスレス。