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「理系教科は男子(男性)が能力が高い」について懐疑的である理由【軽々に結論を出せないことである前提がまずは大事では?】
「理系教科に女子(女性)は向かない」
この業界にいると、時々聞くことです。
私は全く賛同できませんが、これを力説される理系教科の先生は、
「自分が教えていることを理解できないのは、女子に多いからだ」というのがその根拠になっているようです。
個人の体験を一般論に拡張してよいのかの考察はあってしかるべきですが、ただ、主観というものは、そういうものかなとも思うこともあり、このような思考の展開になるのは、やむを得ないところもあります。
しかし、これを私が看過できないと思うのは、この説を主張するのは、大半が男性であることです。
その点で、とても興味深い記事が出ています。
というものも、
「理数系の教科は男子の児童生徒の方が能力が高い」といった考えをもつ教員が約4分の1にのぼり、こうした考えを持つ割合は男性教員より女性教員に多く、男女ともに若い年代の教員ほどこうした考えを持つ人が多い傾向があるというデータを紹介しました。
女性の先生の方が、「理系教科は男子(男性)が能力が高い」という有意性を感じているからです。
実は、私も冒頭の先生の発言に首肯する点があるのも事実なのです。それでも、理系教科の能力に男子(男性)の優位さがあると思わないのは、
一つが、その差を生み出しているのは、性差ではなく、個性の差であると思っていること(理系の能力の高い男子でも、統計上は極めて少数のグループである)
もう一つが、理解にトラブルを起こしているのは、男女を問わず学び方に起因していることが多いと思っていることです。
理系教科に限らず、理解に差が生じるのは、その人のもつ個性と方法論に問題を集約させていいのではと思っています。なので、そこに性差が入り込むことはないのではと思っています。
ただ、教える側に「女子(女性)は理系教科に向いていない」という多少なりとも数的な根拠が見えてしまうと、そこに強い因果関係が生じているという理解はありえなくもありません。
上記の記事で指摘する
「女子は理系に向かない」といった無意識の思い込み(=アンコンシャスバイアス)の実態
を是正する一つの手段は、高校の理系教科の女性の先生を増やすことだと思っています。
というものも、高校の理系教科は、圧倒的に男性教員が多く、男性教員の教え方に「男子(男性)が理解しやすい教え方になっている可能性」を排除できないと思うからです。
悪意がなくても教え方に男性だとすんなり理解できる要素が入り込むと、女子(女性)が理解するハードルがあがり、統計的な結果として、「女子(女性)の理解が低い」となる可能性はありそうに思うからです。
男女を問わず、自分自身の理解や思考は、性別を超えているものだと思うのはやむを得ないところがあります。もちろん、私も例外ではありません。
教えているのが男性であるというだけで、女子生徒にとって理解のハードルが上がっている可能性があるのであれば、理系教科は、男子(男性)が優位であるという結論は、安易に出すべきではないのではと思っています。
性差があるのは、必然なので、そのギャップを埋めるためにも、女性の理系教科の先生を増やすことは大切な視点ではと思っています。