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「数学能力の男女差」は、現時点ではあるとしても、検証の余地はあると思う理由【抽象概念への親和性の差をどこまで評価すべきか】
朝日新聞の編集委員の岡崎明子さんが、お嬢様の中学受験で遭遇したことを手記としてまとめておられます。
とても興味深い論考だと思います。
(プレゼント機能を使っています。2月12日9:21まで上記リンクで読めます)
悩まされたのは、無意識に植えつけられかねないジェンダーバイアスだった。「××女子中の算数は男子校なみに難しい」「女子は立体図形が苦手だから」など、「呪い」としか思えない言葉が講師の口から出るたびに、「娘の前ではご勘弁を!」と心の中で叫んでいた。
恐らく男性であろう塾講師のこのようなミソジニーを拗らせたような発言は、どうなのかなと思います。個人の見解としてはありでしょうが、それを女子もいる児童の前で発言するのは、無神経と言われても仕方がない。
とはいうものの、「数学」に限って言えば、男子有意説は、「現時点では」という条件付きですが、一つの方向性としては、間違っていないとも思っています。
やはり、数学で突き抜けた成績をたたき出すのは、やはり男子に多いのは現実だからです。
かつて、私は↓の記事を書いています。
ここで、「数学」とは書かず、「理系教科」と書いているのがミソで、理科を入れて考察すれば、そこまで顕著な男女差にならないと思っているからです。
また、高校現場では、化学の女性教員は一定数おられ、物理もかつてのような男性単色という感じではありません。ただ、数学は中学の先生は、女性も割とおられる印象ですが、高校はやはり圧倒的に男性が多くなるのは現実のようです。
そして、この教員の偏りの影響は、理科以上に数学において差異を生む要因になるのではというのは、薄々感じていました。岡崎さんの記事で、やっぱりかとなった感は強い。
金沢大教授で学校教育を専門とする米田力生さんが、教員志望の男子学生と女子学生とでは数学の教え方に違いがあると気づいたのは、数年前のことだった。
「模擬授業をやらせてみると、男子学生の多くはいきなり定理など抽象概念から入ります。一方で女子学生は、ほとんどが身近な具体例を用いながらストーリーとして説明します。どうすれば生徒たちがその分野に興味や関心を持つか、その導入方法がまったく違うのです」
数学は、難易度が上がるほど抽象度が上がります。これを数学好成績男子が好むのは、はっきりとした傾向があります。
それを代表するのが、雑誌「大学の数学」でしょう。執筆陣はほぼ男性で、見事なくらいに解説が抽象的。必要な部分だけをズバッと切り抜き、時に美しささえ感じる短い模範解答には感嘆させられます。
それが、ハイクラスの数学大好き男子に大好評なのでしょう。
大学の数学については、かつて↓の記事を書いています。
これを別の観点で言えば、『大学の数学』を好む読者は、抽象概念に親和性のある人たちとも言えます。そのため、一般の問題集では「物足りない」ということなのではと思います。
このような方たちが理学部の数学科に進学し、さらに抽象概念を研ぎ澄ませて教員として、高校現場に来れば、そもそも具体的に教授するということは、「初手から発想しない考え」となりかねない。
これが捻じれを生む要因となる可能性は、ありそうに思います。
一方で、理科は、「リアル」をサイエンスする学問なので、抽象概念はありえない。物理の考え方は、一種独特ですが、これでも抽象的とは言えないと思っています。このような理科の現状に女性指導者の良さである具体性が融合すれば、数学のようなハレーションは起きにくいでしょう。
また、数学との接点という点では、教員、塾に通っている場合は塾講師、参考書・問題集の執筆者・・・が男性で塗り固められていれば、他の理系教科にはない、発想という点において、男性優位を生み出す環境要因となっている点はあるのではと見ています。
数学能力の男女差は、現状では「存在する」としてもいいとは思うものの、これでも教授法の工夫によって変化は起きる要素はあると思っています。
なので、数学教育全般にもっと女性の影響力が増えていくことは大事なのではと思っています。
この点では、ほんのちょっと前まで、ある県知事が「女子がサイン、コサインを学んで何になる」とかいう人がいたのですから、まだまだスタートラインに立ったレベルなのだろうと思います。
これからの女性と数学の問題について研究や実例が積み上がり、認識が変化することを期待したいとも思っています。