改めて考えた「兵庫県知事選挙のこと」(1)【ネットが結果を動かしたとする結論への強い違和感】
兵庫県知事選挙は、先の衆議院選挙以上に余韻を残している選挙という様相を呈してきた印象です。
それは、いろいろ検証すべき点があったからだということなのでしょう。
その一つがSNSを中心とするネットメディアがテレビ新聞などのオールドメディアより影響力を持ったとされる説だと思います。
とりわけ、新聞とテレビが熱心に検証している印象があります。自分たちの未来がかかっているだけに、「必死」ということなのかもしれません。
これは東京都知事選挙での石丸伸二さん、衆議院選挙での国民民主党の躍進とメカニズムを同じにしていると感じている人が多いからでしょうか、関心が高いというニーズの問題もありそうです。
ただ、私は当初からネットの影響で斎藤さんが当選されたという説にについて、懐疑的です。
という立場もあり、その点について私なりに考えたことを書いてみます。今回は次の二点です。
(1)知事選挙は定数1。相対的な要因も存在するのでは?
まず、メディアで紹介されているネットの力によって選挙結果が変わったと唱えておられる方の文章をいくつか読みましたが、私が読んだ記事に限っては、斎藤さんのライバルとされた稲村和美さんについて言及しているものはありませんでした。
今回の選挙は、斎藤県知事の信任選挙ではなく、一から兵庫県知事を選びなおす選挙です。斎藤さんに対して〇か×をつける選挙ではない。
もし、仮に対立候補が「中央官僚出身で、30歳代で、クリーンな印象を醸し出す(つまり、パワハラしそうにないイメージ)の男性」だったらこのような結果になったのでしょうか。
定数1の選挙は相手のあることである以上、稲村和美さんの存在を無視して、ネットの力によって斎藤さんが当選したというのは「十分条件」を満たしていないと私は思います。
(2)人の評価はそう簡単に変わらないのでは?
人の評価というものは、簡単に変わるものなのでしょうか。私の体験上、人間の評価はそう簡単に変わらないものだと思っています。
その観点から考えると、ネット情報によって斎藤さんへの考えを変えた人によってムーブメントが起きたという解釈は違和感が大きいです。
そこで浮かびあがるのが、パワハラの解釈なのではと思います。
斎藤知事がパワハラを行っていたのは、事実かという点への評価は人によって温度差がありそうに思うからです。
パワハラは本人に悪意がない場合でも成立することもあり、「クロ」か「シロ」かの判断は、そう簡単に出せるものではない。
物的証拠の有無を持って判断することも難しい。ない方が普通ですから、ないことをもって「シロ」とはできません。
なので、「蓋然性」によって判断するしかないと思っています。
このような状況でも、「証拠を出せ」というのは、展開として無理があるでしょう。わんちゃんは「クロ」でいいと思います。
その意味では、今回の斎藤さんのパワハラ疑惑は、蓋然性からみると、判断根拠が完全とは言えず、判断が割れる要因が多かったとも言える。
なので、斎藤さんは「クロ」だと見られていたという前提に無理があると思っています。
多くの有権者が最初から斎藤さんを「クロ」とみなしており、それがネットの情報で覆ったとするには、十分な定量的なデータがない以上、軽々に覆ったとすべきではないと思っています。
少なくない数の人が「いろいろ報道されているけど、実際はどうなんだろうね」くらいの認識だったのではと思います。
また、斎藤さんが当選されたことに疑問をもつ人は、元々斎藤さんを「クロ」としていた層ではと思います。自分がそう思うから、だれもがそう思っていたということのなのでしょうが、それは私は誤った見方ではと思います。
ちなみに私は「クロ」と見ています。その根拠は、こちらはほぼ間違いないとされる「おねだり」の事実があるからです。おねだりは「自分が特別だから」と思っていないと簡単にできるものではない。
「おねだり」と「パワハラ」は点と点を結ぶことができると解釈していいと思っているからです。だだ、だからと言って、そう思わない人がおかしいとは思いません。
繰り返しますが、パワハラは、物的証拠がないなら、蓋然性で判断するしかないと思っています。証言は、利害関係者となるので、鵜吞みにもできない。
それは、人によって解釈が違う以上、結論を同一にすることは難しいと思います。
では、選挙序盤優位に戦いを進めていた稲村和美さん陣営を覆したのは何だったのか。
それはやはり、あの人物の影響とすべきなのではと思っています。