競合プレゼンは損だっていう話
広告会社で日々競合プレゼンに挑むひさしです。
ネガティブケイパビリティという言葉があります。「不確実なものや未解決のものを受容する能力」と翻訳される難しい言葉です。人間は性急に区別したがる生き物。敵か味方か。白か黒か。そうしないとホモサピエンスはサバイヴできなかったのでしょう。しかし性急な区別は「差別」や「レッテル」も生み出すことになります。よって多様性が重視される現代社会では「早計に結論せずに曖昧にしておく」というネガティブケイパビリティが大切なスキルになったというわけです。
この言葉が流行したもう一つの背景がVUCAです。将来予測が困難な現代において「結論すること」の価値が下がってしまいました。結論したところでどうせ変わるから。一昔前にはVUCAを意識高い系バズワードだと思っていた方もウクライナ侵攻やChatGPTの登場で真実味が増してきたのではないでしょうか。半年後に世界がどうなっているかもう分からんぞ、と。
ネガティブケイパビリティは耳心地がよい言葉なのですが、これをビジネスに応用するとどうでしょうか。「よく分からないから曖昧なままでいいや」という状況は許されませんよね。そうしている間にライバルにビュンビュンと抜かされ周回遅れになる可能性があります。
例えば広告会社がクライアントからの依頼を受けて提案する際に「答えが出ませんでした」と言うのはNGです。競合プレゼンなら0.5秒で敗退します。しかし現実的には答えがでないことはあります。企画に与えられた時間も半月程度です。だから何が何でも「それっぽい結論を言ってみる」ことが暗黙の前提になります。そして勝った広告会社の「それっぽいこと」が実行されて博打のような状況になります。
ここで伊集院光氏の名言を要約して紹介します。
それな!
まず大事なのは「理解は偏見に繋がる」という逆説でしょう。科学の普遍的な公理は別として、社会や人間などの人文領域に関する理解は所詮「自分の観察/思考できる範囲内」で類推した「思い込み」と「決めつけ」の産物です。「分かった!」というのは実は「分かったことにする!」と同義であり、実際には単なる「仮説」というわけです。
ではどうすればいいのか。それが「問い続けること」一択になります。これからの新しいビジネスは「問い続けること」です。それじゃ仕事にならないよと思われた方に言い方を変えるなら「現時点での結論を仮置きして進めながら考え続ける」ということです。
一旦結論を出すにしても検討を止めず、その後のPEST(政治・経済・社会・技術)や3C(市場・自社・競合)の変化を追いかけながら「問いと答え」を更新し続けることで幻の100点に少しでも近づけていく態度こそがあるべき姿でしょう。
ロジックというのは怖いもので、いったん隙のない正論が成立してしまうとそこで思考を停止してしまい再検討するということをとても難しくさせます。状況が変わっても最初のアイデアを頑なに変えようとしない広告マンに会ったことはないでしょうか。彼/彼女らは競合プレゼン本番に挑む前にものすごい集中力でバッキバキに企画してそれが「答え」であると最終結論してしまった状態です。何よりも嫌いな言葉が「朝令暮改」です。
以上のことから僕は、すべての競合プレゼンがこの地上から消えてなくなってくれないかな~と思っています。2点まとめます。
競合プレゼンは広告会社に幻の結論を強要させてしまう
競合プレゼンは「走りながら考える」という態度を喪失させる
これに対して逆におすすめする仕事の進め方は以下です。
信頼のおける広告会社やプランナーを指名し、短期的な「結論の仮置き」を繰り返しながらしつこく正解に近づいていく進行のできる関係性を構築する。
では信頼のおける広告会社やプランナーをどう見極めるのか。
競合プレゼンの採点対象を「アイデア」ではなく、「思考体力」と「対話力」にする。もはや競合プレゼンではなく採用面談に近いかもしれません。
思考体力とは文字通り考え続ける力のことですが、その源泉は何かといえば「好奇心」や「探求心」です。「仕事だから……」ではなく「自分が知りたいから」という内なるモチベーションで答えなき答えを求め続ける力を持つ人材が必要です。
対話力に対置される概念は提案力であり「2週間ないし1ヵ月後に完璧なプレゼンを行う力」と仮に定義して考えます。もうお分かりのようにVUCAはそのレベルの時間軸による完璧な結論を無価値化します。尚且つ今や購買データや行動ログもリアルタイムに把握可能であり、打ち手は刻々と変容することを前提にする必要もあります。従って提案ではなく日々の対話の中で最善手を導く力の有無を見極めなければなりません。
ちなみに対話力は属人的な力に限定されず「対話できる環境の仕組み化力」と言い換えらえます。クライアントと広告会社でそれぞれ短いPDCAを回して情報を持ち合ってスムーズな意思決定を可能にする体制をつくるノウハウを持つ広告会社はとても強いと思います。
以上の新しいプロセスは同時にクライアント側、広告会社側に強烈なネガティブケイパビリティを要求します。耳心地の良い論理やアイデアに対して「即決定」したくなる衝動を抑え、それを現時点での最善策として、極論を言えば出発点として受容できる懐の深さがなければうまく回りません。
哲学者のデビッド・ヒューム氏が「因果関係は観察できない」という言葉を残しています。雨に濡れた翌日発熱すれば両者を繋げてしまうのが人間ですが、両者の繋がりそのものを「見る」ことは不可能です。しかし人間の脳はこの因果関係を無意識に事実化してしまいます。
おそらくネガティブケイパビリティの本質はここでしょう(という仮置きをしてみるひさし)。因果関係に抗うこと。無意識に2つの物事を繋いでしまう人間の癖に自覚的になり、面倒くさくてもいちいち立ち止まってみる。これが思考を停止させずに幻の正解を追い求め続けるべき現代のマーケッターが意識的に獲得すべきスキルです(という仮置きをしてみるひさし)。
競合プレゼンって楽しいですよね。人間誰しも勝負事には燃えるものです。しかし運動会も合唱コンクールも年一回でお腹いっぱいです。貴重なリソースを「一つのモノゴトを併走しながらじっくりと考え続ける」ことに使いたいものです。
ではまた!