名探偵ポアロシリーズとのつき合い方〈後編〉(続々アガサ・クリスティー)
Hercule Poirot Ⅱ
長編33作品を読了した勢いで、名探偵ポアロシリーズについて ”note” しています。
前編では「1930年代の作品」と、その中でも「中近東を舞台にした3作品」を紹介したのですが、今回は、定番と、ちょっとマニアックなシリーズの楽しみ方について書いていきたいと思います。
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まずは定番の楽しみ方...
◆映像化された原作は人気作品
ほとんどの原作を映像化したドラマシリーズ『名探偵ポアロ』は別として、映画化やスペシャルドラマ化されたものは、やっぱり人気のある作品なのです。
「オリエント急行の殺人」や「アクロイド殺し」は、仕掛けのインパクトが強いので、事前にトリックを知ってしまうことも多いのですが、知らない方は幸運と思って、ネタバレされる前にお読みになることをお薦めします。
「ナイルに死す」や「死との約束」については、〈前編〉で紹介していますので、ここでは『地中海殺人事件』(1982)の原作となった「白昼の悪魔」を紹介します。
「白昼の悪魔」(1941)
映画化されているにも関わらず、原作のタイトルが異なっていたり、ほんとの舞台が地中海じゃなくイギリス国内だったりするので、今ひとつ地味な印象の本作ですが、真犯人のアリバイトリックが暴かれていく過程が、とっても面白い作品なのです!
訳が古いのが難点なので、新訳版が待望されるとこですね。
続いて、少しマニアックな視点から…
◆後期クリスティーは「回想の殺人」を追いかけてみるのが吉
「回想の殺人」というのは、過去に起きた事件を捜査するもので、後期のクリスティー作品によく見られる題材です。
情報が少ない中、当時の関係者の証言を集めながら、ポアロが真相を浮かび上がらせていく様子は、考古学の発掘調査みたいな感じで、いつもとは違った趣があって大好きなのです。
ポアロシリーズの中では4作品に見られますが、個人的には「五匹の子豚」が抜群に面白かったです。
「五匹の子豚」(1943)
過去の事件の証言を集めようとしても、皆、曖昧なんですよね。少ない情報を整理しながら推理していくポアロのすごさが際立つ作品なのです。この本を読んで「回想の殺人」が好みだった方は、他の作品も手に取ってみると良いと思います。
さらにマニアックな視点から…
◆登場人物で読んでみる
長いシリーズなので、繰り返し登場する人物が何人かいます。
中でも、初期のアーサー・ヘイスティングズと後期のアリアドニ・オリヴァ婦人は登場回数も多いので、登場作を読んでいくのも一興なのです。
◎ヘイスティングズ読み
初期の作品で、ホームズ譚におけるワトスン博士の役割を演じているのがアーサー・ヘイスティングズです。
正義感が強く女性には優しい典型的な英国紳士として描かれていますが、時に、当ての外れた推理をして、事件を混乱させることもあったりして、なかなか愛すべき人物なのです。
ドラマ『名探偵ポアロ』ではレギュラーの一人ではあるんですが、原作長編の方では、登場作品はそれほど多くないんですよね。
数えてみると8作品に限られています。
ポアロとヘイスティングズの軽妙なやり取りが楽しいので、もっと二人のコンビを見たいと感じた方は、短編集にはけっこう出演してるので、手に取ってみるとよいです。
◎オリヴァ婦人読み
ヘイスティングズが初期作品のパートナーなら、後期作品によく出てくるのがアリアドニ・オリヴァ婦人です。
好奇心旺盛で、フィンランド人を探偵としたミステリーを書いてる女性作家という設定なんですが、明らかにクリスティー自身がモデルになっています。
長編では6作品に登場します。
活動的で落ち着きのないオリヴァ婦人なのですが、ポアロを振り回すだけでなく、意外な活躍を見せてくれる時もあって楽しいキャラなんです。
クリスティーの分身だと思うと、オリヴァ婦人の発言は、クリスティー自身の意見でもあるかもと、ついつい興味深く読んでしまうのです。
◆その他
ポアロシリーズをずっと読んでいると、クリスティーお得意のトリック、というか構成?が度々見られます。
繰り返してることは、クリスティー自身が一番わかっていたのだと思いますが、基本のトリックは似ていても、物語のプロットには様々な工夫が凝らされている作品が多いです。
「回想の殺人」系統も、その工夫の一つですが、他にも舞台構成を含んだ「三幕の殺人」、密室殺人に挑む「ポアロのクリスマス」、法廷物の「杉の柩」など、いろんなタイプのものがあります。
中でも、プロットとして傑作だと思うのが連続殺人犯との攻防を描いた「ABC殺人事件」で、その後、同様の構造を持つ小説は、たくさんあって、その後のミステリーに与えた影響は大きいのです。
「ABC殺人事件」(1935)
代表作と呼ばれる作品なのですが、意外と地味な存在に思えるので、追記して紹介しておきます。
その他、ポアロシリーズでは、「死との約束」のように、冒頭の展開で引き込まれていく作品も多く、その最たる作品が「葬儀を終えて」だと思っています。
「葬儀を終えて」(1953)
葬儀の後で、ある親族の「殺されたんじゃなかったの?」という発言から始まるこの本は、読む側を一気に一族のドロドロに引きずり込んでしまう、強烈なイントロでした。
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前・後編に分けて、エルキュール・ポアロについて記事にしてみましたが、自分が再読している期間にも、次々と新訳版が出されていたので、まだまだ人気は衰えてない感じですね。
デビュー作の「スタイルズ荘の怪事件」からは100年経っているんですが、やっぱりすごいシリーズだと思います。
これからシリーズを読んでみようと思ってる方にとって、何らかの一助になれば幸いです。
さて、最後に、シリーズのほとんどを読んできた方たちに紹介したいのが、法月綸太郎さんの中短編集『法月綸太郎の消息』です。
収録作品の中に『カーテンコール』という中編があるのですが、これが、丸々、ポアロの最後の作品「カーテン」に隠された秘密を探る内容なのです。
その他の様々なシリーズ作品にも触れられていて、読んでいれば読んでいる人ほど興味深い作品だと思うので、ぜひ、手にとってみてください。
また、クリスティーを読みたくなるに違いないのです!
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