中森明菜の9枚のシングル(作詞家:来生えつこと売野雅勇)
アイドル全盛期である80年代。
後に "歌姫" と呼ばれるアイドルが1982年にデビューしました。
そのアイドルの名前は、中森明菜さん
数々のヒット曲を生んだ中森明菜さんですが、デビュー初期は、二つの路線の曲を交互にリリースしていたことが知られています。
先行するアイドルの中のアイドル、松田聖子さんとの差異を打ち出すために、制作側もいろいろ模索した結果なのだと思います。
この二つの路線を私的に名づけると、ひとつが「可憐な少女」路線、そしてもうひとつが「不機嫌な少女」路線なのです。
この二つの路線は2人の作詞家さんがそれぞれ固定されていて、「可憐な少女」は来生えつこさん、そして「不機嫌な少女」は売野雅勇さんが作詞を担当しています。
それぞれの路線の曲が、以下のように、デビューから6枚目のシングルまで交互にリリースされていくんですよね。
「可憐な少女」路線の『スローモーション』でデビューした後、2枚目のシングル『少女A』では、大人に反抗的な、いわゆる”ツッパリ”と呼ばれた不良っぽさを前面に出していたことに、中森明菜さんはかなり不満だったらしいのですが、その結果、不機嫌そうに歌う様子がピッタリはまって、けっこうヒットしたんですよね。
3枚目のシングル『セカンド・ラブ』では、また、「可憐な少女」路線に戻ることになるのですが、制作側ではヒットした『少女A』の方向性を維持する意見もあって、かなり揉めたということです。
この、制作側の意見のブレが、「可憐な少女」路線と「不機嫌な少女」路線を交互にリリースする事態を生んだわけなのですが、この二つの路線をスパイラルに演じていくことによって、後の "歌姫" が誕生することになったと思うんですよね。
今回は、そんな二つの路線があった中森明菜さんのシングルを追いかけながら "note" していきたいと思います。
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■ 来生えつこが描いた”可憐な少女”
私的に「可憐な少女」とくくりましたが、来生えつこさんが描く少女は、ちょっと愁いを含んだ美少女のイメージなんですよね(あくまで私的なイメージです..)、決して元気で快活な感じではないのです。
作曲はすべて来生たかおさんで、曲調もバラードで統一されています。
『スローモーション』1st
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:船山基紀
記念すべきデビューシングルは、まだ、歌声にもあどけなさが残る曲でした。残念ながらあまりヒットしなかったのですが、いい曲なんですよね。
ここで描かれた少女は、出会った相手に感じた恋心を "スローモーション" で表してるんですが、無邪気な中に、なんか逸る気持ちを抑えつつって感じが伝わってきて、可愛いんです。
『セカンド・ラブ』3rd
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:萩田光雄
ヒットした『少女A』の後に、「可憐な少女」路線に戻してリリースされた『セカンド・ラブ』は、中森明菜さん最大のヒット曲となりました。
もう、出だしの ♪ 恋も二度目なら~ の部分だけで歌の世界に惹きこまれちゃいますね。
ここでは、内気で、自分の気持ちを伝えられない少女が描かれているんですが、ほんと ”可憐な” 感じがするのです。
『トワイライト -夕暮れ便り-』5th
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:萩田光雄
「可憐な少女」路線第三弾の『トワイライト』では、『セカンド・ラブ』の流れを受け継いで、やっぱり自分の気持ちがうまく伝えられない少女が描かれています。
ただ、『セカンド・ラブ』の時はうつむくだけだった少女も、最後には決意する場面があって、成長した姿を見せるのです。
その様子を歌い上げる中森明菜さんの表現力も、『スローモーション』や『セカンド・ラブ』に比べて、かなりアップしてきてるように思います。まさに "歌姫" の片鱗を感じさせるのです。歌詞で描かれる少女とともに明菜さんも歌い手として成長しているんですよね。
■ 売野雅勇の描く”不機嫌な少女”
売野雅勇さんの「不機嫌な少女」路線は、”ツッパリ” や ”ヤンキー” みたいな言われ方もするのですが、不良というよりも、子ども扱いに対する反抗心だと思うんですよね。
そういう意味では、「芯の強い少女」と言ってもいいのかもしれません。
この「不機嫌な少女」路線の根底には、山口百恵さんの『プレイバックPart2』のイメージがあるのは間違いなくて、捨て台詞的な歌詞に、阿木燿子さんの影を見るのです。
『少女A』2nd
作詞: 売野雅勇/作曲:芹澤廣明/編曲:萩田光雄
中森明菜さん自身が、この曲のレコーディングを嫌がったというのはけっこう有名なエピソードですが、リアルタイムで聴いていた世代としては、登場した時のインパクトが強くて、多くの人がこの曲で中森明菜さんを認識したのは間違いないです。
作詞家デビュー間もない売野雅勇さんにとっては初のヒット曲だったらしいのですが、作曲は芹澤廣明さんなんで、後年、チェッカーズの『涙のリクエスト』や『星屑のステージ』なんかで活躍するコンビがここで誕生した訳なのです。
歌詞としては、好きになった年上の男性が自分に対して積極的にならないのに焦れてる感じなのかな、途中の ♪本当は臆病 分かって欲しいの あなた~の部分に少女らしさがうかがえるのです。
また、アップテンポの曲では、明菜さんの振り付けも楽しみだったのですが、この『少女A』の振りは、あんまり記憶がなくて、今回、見てみると... 初々しくて可愛いすぎました!
『1⁄2の神話』4th
作詞:売野雅勇/作曲:大沢誉志幸/編曲:萩田光雄
「不機嫌な少女」路線の第2弾は、作曲:大沢誉志幸さんのロックチューンでした。
イントロや間奏のギターがかっちょええ一曲なのです。
冒頭に ♪ 秘密だと念おされ~とあるので、ここで描かれている少女は「秘密の恋愛」をしてるように感じます。
♪ いいかんげんにして~は、その恋愛について、周りで、あーとか、こーとか言う人たちに向けられてるものなんでしょうね。
『禁区』6th
作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣/編曲:萩田光雄
なんと作曲は細野晴臣さん!
たしかにテクノっぽい部分はありますし、EPのジャケットも今までにないドール感もありますが、それらを軽々と凌駕するのが中森明菜さんの歌声なのです。
「可憐な少女」路線の方でも、『トワイライト』になると表現力が増してきてたように、続くこの『禁区』では、迫力満点のヴォーカルを聴かせてくれています。
歌詞の内容は、どうやら関係を終わらせようとしてるらしい年上の男性に対して、そう簡単にはいかせないと考える女の子が描かれてるのです。
『1⁄2の神話』では、念をおされるがままになっていた少女も、大人の思い通りにはならない "強さ" を身につけていくのです。
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さて、「可憐な少女」と「不機嫌な少女」のそれぞれの路線で成長してきた少女が、さらに成長していくのが、7thシングル『北ウイング』なのです。ここでは、作詞家:康珍化さんが起用されるのですが、その後、8thシングルでは来生えつこさん、9thシングルでは売野雅勇さんが、再度、起用されています。
■ 少女から大人の女性へ成長した『北ウイング』
『北ウイング』7th
作詞:康珍化/作・編曲:林哲司
『北ウイング』は、 "歌姫" 中森明菜さんのステージをひとつ上げた作品だと思うのですが、ポイントがいくつかあって、
まず、ソングライター康珍化/林哲司コンビの起用やタイトルの決定などに、明菜さん自身の意見が反映されていること。
また、歌唱の部分では、冒頭の ♪ 不思議な力でーーーーーーーーーー のような、後の明菜さん特徴であるロングトーンが見られること。
そして、康珍化さんの歌詞では、主役となるのは少女ではなく、一度はあきらめかけた恋を成就させるため、自ら行動する女性が描かれていることなのです。
この『北ウイング』は、中森明菜さんというアイドルを、少女性の世界から大人の女性へステップアップさせた曲だと思うのです。(康珍化さんは、後に『ミ・アモーレ』で再び歌詞を提供していますね。)
■ 来生えつこが描いた少女のその後
さて、前作を受けて、来生えつこさんが描いた大人の女性が『サザン・ウインド』です。
『サザン・ウインド』8th
作詞:来生えつこ/作曲:玉置浩二/編曲:瀬尾一三
作曲:玉置浩二さんがいい曲書いてるんですよね~。
アレンジがスリリング過ぎるのですが、来生えつこさんの歌詞は、ちょっとトキメキがある感じで、おそらく、デビュー曲の『スローモーション』とつながってるのだと思います。
ただ、舞台は大人の世界なんですよね。
南国のリゾート地で、見知らぬ人から届けられた果実酒をきっかけに、自意識過剰気味に、「頬杖ついて」みたり、「メランコリックに髪をかきあげて」みたり、「ヨットの美少年に手を振って」みたり、最後は「いたずらぎみにウインクして」みたりと、男性の視線を受けていることにつられて冒険する女性が描かれています。
♪ 危険かしらね~と、自分の行動に ”やり過ぎちゃった感” が出るとこがね、ここがいいのです。
■ 売野雅勇が描いた少女のその後
そして、売野雅勇さんの描く大人の女性、それが、最強の "どSソング" 『十戒 (1984)』です。
『十戒 (1984)』9th
作詞:売野雅勇/作曲:高中正義/編曲:萩田光雄
いいですよね~『十戒 』!
前のめり気味に弾かれるイントロのギターの後
♪ 愚図ね ... と始まる出だしは、思わず、ゾクゾクってしちゃいます。
この曲、背中越しに振り返りながらの歌い出しや、途中の歌詞に出てくる「坊や」など、間違いなく山口百恵さんの『プレイバックPart2』を意識してると思うんですよね。
まさに売野雅勇さんの明菜ワークスの集大成と言っていい出来栄えです。
個人的に "どS感" では『プレイバックPart2』を超えたと思っているのですが、どうでしょう。
♪ イライラするわぁ~~~の、ヴィブラート&ロングトーン部分もたまらないですよね~。
「不機嫌な少女」が大人の女性になった姿がここに描かれているのです。
全国の女性管理職が、だらしない部下職員に対して歌いたい曲No.1と言われるのもうなずけるのですw。
また、この『十戒 』には、他にもポイントがあるんです。
ひとつは、この黒いゴスな衣装ですが、これが、また、かっこいいんですよね。初めて、歌のコンセプトイメージに合わせてデザインされた衣装だと思います。
もうひとつが振り付けで、イントロ部でステップを踏みながら半回転するところや、背中をのけぞらせるポーズなんかは、かなり明菜さん自身の意見が反映されたものなんです。(のけぞるポーズは、明菜さん自身のバレエ経験が生かされたものですが、この後の曲でも度々見ることが出来ます。)
曲もさることながら、歌唱、衣装、振り付けまで、トータルとしての完成型が、この『十戒 』で見られたのだと思うのです。
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調子にのって書いてたら、また5000字を超えてしまいました💦
来生えつこさんと売野雅勇さんという、二人の作詞家さんによる、性格の異なる歌詞世界を行ったり来たりする中で、様々な女性を演じる力を身に着けていった様子が、この9枚のシングルに見て取れると思うんですよね。
そして、この後、中森明菜さんは、『飾りじゃないのよ涙は』や『ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕』など、更なる名曲たちへ進んでいくわけなのです…
「十戒 (1984) 」以降のシングルの記事はこちら
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