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夏の日に読むアイスランドの警察小説(エーレンデュル捜査官シリーズ)

 Arnaldur Indriðason


 遠くアイスランドの作家が描く、アイスランドの警察を舞台にしたシリーズがあるのをご存知でしょうか?

 それが、アーナルデュル・インドリダソンの「エーレンデュル捜査官シリーズ」なのですが、この5月に翻訳6作目の「」がリリースされています。



 けっこう好きなシリーズなんですよね~。

 だって、”アイスランド” の本なんですよ!
 北欧ミステリーのブームのおかげで手に取ることの出来たシリーズなんですが、”アイスランド” の本が読めるなんて、けっこう感動しました。

 ただ、このシリーズ、ひとつだけ難点があって…. 
 新刊が、いつも暑い時期にリリースされるんですよね….

(「エーレンデュル捜査官シリーズ」一覧 )

「湿地」 2012.6
「緑衣の女」2013.7
「声」2015.7
「湖の男」2017.9
「厳寒の町」2019.8
「印」2022.5

 まあ、年末のブックランキングのことを考えると、この時期のリリースになっちゃうんでしょうが、”アイスランド” が舞台だし、基本、物語中には寒々しい描写も多いんで、いつも、寒い時期に読みたいよな~っと思ってしまうシリーズなのです。(冬まで待てればいいんですけどね…  待てない!w)

 仕方なく、読む時はエアコンを強めに効かしているという…  そんな「エーレンデュル捜査官シリーズ」について、今回は ”note” していこうと思います。


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 この「エーレンデュル捜査官シリーズ」は

はっきり言って ”地味” なシリーズです!

 ”不可能犯罪!” や ”サイコパスによる連続殺人!” みたいな派手な事件は起きないんです。
 また、”アクション” や ”どんでん返し” があるわけでもなく、中心となるのは、”なぜ、その事件が起きたのか” という部分なんです。
 多分、このシリーズは「社会派ミステリー」なんですよね。

 ただ、”社会派” といっても、その背景にあるのは、”アイスランド社会” なわけなんで、日本とは違った仕組みや文化を感じさせながら読み解かれていくミステリーなんです。


■物語を通じてアイスランドを知ること

 ”アイスランド” って、どんな国なのかを思い浮かべてみると、正直、私は地図上の位置は知っているものの、どんな国かは、まったく知りませんでした。

 緯度が高いので、やっぱ寒いんだろうな~ってぐらいなもんです。

 調べてみると

 総面積 10万3000㎢
 人口 34万1000人(2020年時)
 首都 レイキャビク

 というデータなんですが、北海道が8万3450㎢なんで、ひと回り大きいぐらいですよね。
 そんな島国に34万人!、自分の住んでる市よりも少ない人口です!

 むちゃくちゃ人口密度が低いんですよね。
 そんな国ですから、日本以上に治安も良くて、凶悪な事件はあまり起きないらしいです。

 そんな国で警察もののシリーズが成り立つのか??

 と、思っちゃいますよね。

 例えば、邦訳1作目である「湿地」のあらすじでは、こんな風に紹介されています。

 レイキャヴィクの湿地にあるアパートで老人の死体が発見された。
 侵入の形跡はなく、何者かが突発的に殺害し逃走した、杜撰で不器用、典型的なアイスランドの殺人と思われた。
 しかし、残されたメッセージが事件の様相を変えていく…

 突発的に起こしてしまったらしい事件を「典型的なアイスランドの殺人」と呼んでいます。
 多分、起きる殺傷事件の原因は、感情的になって起きる突発的な暴力ってのが定番なんでしょうね。

 もちろん、お決まりの事件では小説にならないので、「湿地」では、典型的と思われた事件の背景を、主人公のエーレンデュルが丁寧に捜査を進め、隠されていた背景が明らかになっていく様子が描かれています。(シリーズの基本的な構成も同様です。)

 ユーモアはないし、全編暗い感じなんですが、文章は簡潔で、章立ても短く、ぐいぐい読めるんですよね~、これが… うんうん。 
 そうして読み終えた後に、その事件が ”アイスランド社会” と深くつながっていたことが理解できるのです。


◎アイスランドの人名には姓がない!

 海外翻訳ものの欠点として、”人名に馴染めない”ってことがあるのですが、アイスランドの名前ばかりの本シリーズも、やっぱ人名が難しいです!w

 なんせ、作者自身、アーナルデュル・インドリダソン ですからね~
 憶えづらい事、この上ないです!

 ただ、面白いのはアイスランドの人名には ”ファミリーネーム(姓)” がないそうで、冒頭の登場人物一覧にも、基本、ファーストネームだけが並んでいます。
 作者のアーナルデュル・インドリダソンを例にすると、名前はファーストネームの ”アーナルデュル” の部分だけで、後半の部分はファミリーネームではなく ”〇〇の息子(又は娘)” を表しているのだそうです。
 つまり、アーナルデュル・インドリダソンの場合、「インドリディの息子(ソン)のアーナルデュル」という名前というわけです。
 そのため、アイスランドではファーストネームだけで呼びあうのが通常だそうです。

 思い出してみると、唯一、私が知っていたアイスランド人、 ”ビョーク” なんかは、名前を省略してたというよりも、これが通常使いということなんです。

Björk Guðmundsdóttir

 ちなみに、”ビョーク” で検索すると出てくる "ビョーク・グズムンズドッティル" というのは「グズムンズの娘(ドッティル)のビョーク」という意味になります。

 たしかに読みにくい部分はあるんですが、そんな背景を知ると「へぇ~」って感じになって、なんか面白いんですよね。


◎アイスランドでは国が家系情報を管理!

 ファミリーネームがないのは、少人口で国民のほとんどがルーツを同じくするため、世代を遡ると、何かしらの姻戚関係が生じるからだと思うんです。(きっと同じようなファミリーネームばっかりになっちゃいますよね。)
 同じ事情から、アイスランドでは国民登録番号による個人情報管理がかなり進んでいるそうです。
 当然、近親婚を避けるために、家系情報の管理を厳しくしていくのは必要なことですよね。ただ、他にも「保険医療分野データベース法」や「バイオバンク法」なるものもあって、医療情報や遺伝子情報も管理されてたりするんです。(ひぇ~)

 そんな社会で、どんな事件が起きるのか(いや、起こせるのか)、ちょっと興味が湧いてきませんか?
 この「エーレンデュル捜査官シリーズ」はそういう国で起きる社会派ミステリーなのです。



■物語を通じてアイスランドの風景を旅すること


 物語に出てくる場所の風景を感じながら読むのは、海外ミステリーの楽しみ方の一つです。
 特にこのシリーズの場合、あまり馴染みのないアイスランドが舞台なんで、意外な驚きもあったりするのです。

 たとえば、物語のメインとなる首都レイキャビク
 アイスランドの人口の多く集まる街です。

 なんか、想像してた街と違ってたりしませんか?
 もっと暗い感じの街かと思ったら、こんな可愛い色とりどりの家が立ち並ぶ街なんです!
 なんか、事件のことを忘れちゃいそうな感じなんですが、こんな街で、事件が起きるんですよね~

 また、他にも、アイスランド各地が舞台となるんですが、読み方が難しいのは人名だけでなく、地名の方も長く読みにくい名称が多いです!
 例えば、最新翻訳の「」で事件が起きるのは「シンクヴァトラヴァトン湖」という湖です。
 長すぎますよね~、”ヴァ” が2回も出てくるし!
 ただ、残念なお知らせとしては、この「シンクヴァトラヴァトン湖」よりも、さらに長くややこしい地名も出てきます。(笑うしかありませんw)

 この「シンクヴァトラヴァトン湖」をGoogleマップで調べると、レイキャビクの東に位置する、けっこう大きな湖です。

 風景を検索すると、まるで海のような広大な湖が広がってます。

 アイスランドの自然って、ほんと美しいんですよね~
 地名は難しいんですが、読み進めていく中で、Googleマップや風景検索したりしながら読んでいくと、これが楽しいんです。

 ハラハラドキドキのサスペンス系だと、先が気になったりして、検索しながらの読み方は出来ないかもですが、まったりと進んでいくこのシリーズなら、地名も楽しみながら読むのがお薦めなのです。



 先日、Ryéさんがアップした記事でも、スウェーデンミステリー「刑事マルティン・ベックシリーズ」を例に挙げながら、地図を見ながら地名や通りの名前を探すことに触れている部分があります。
 やはり海外ミステリーの楽しみ方は共通してるな~と嬉しくなりました!

(記事を読むと”原書”に挑戦したくなるRyéさんの記事はこちら)


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 アーナルデュル・インドリダソンの「エーレンデュル捜査官シリーズ」について記事を書かせてもらいました。
 このシリーズ、面白いんですが、少し刊行ペースがゆっくりなんですよね。

 最新巻での訳者あとがきでは、シリーズの残りが6冊あることが触れられていたので、2012年から邦訳されたシリーズもようやく折り返し地点という事になります。
 シリーズの残りの本についても、翻訳は柳沢由実子先生の手で読ませてもらいたいな~っと、切に希望するのです。(ゆっくりでも、気長に待ちますので…  よろしくお願いします。)