松本隆色の街並
今回は、松本隆さんの歌詞世界に関する note です。
松本隆さんの書く詞は大好きで、これまでも自分の note で何度か取り上げたことはあるのですが、あまりにも作品が多すぎて、その特色をまとめていくのは難しいんですよね。
特に はっぴいえんど がリアルタイムでない世代の自分としては、80年代のシティポップやアイドルポップの範疇での紹介となっていくのですが、それでも網羅するのは困難なほど松本ワールドは広く深いのです。
私が松本隆さんの歌詞世界に魅かれるのは、聴く側のイメージを広げる比喩表現だったりするんですが、一例を挙げると、松本隆さんの『色』使いとか、とっても印象的ですよね。
有名なとこでは、松田聖子さんの「赤いスイートピー」の冒頭部分 ♪ 春色の汽車に乗って~ の "春色" なんて、単純だけど広がりのある表現だと思っています。
そんな色は無いくせに、この一言で、聴く側に春の風景をぶわぁ~っとイメージさせるんですよね~(すごい!)
他にも、同じ聖子さんの「小麦色のマーメイド」での ♪ 常夏色の夢 追いかけて~ や、大滝詠一さんの「木の葉のスケッチ」の ♪ 冬の色の風に吹かれた~ など、その季節の色を表したものもあれば、またまた聖子さんの「Rock'n Rouge」では ♪ 花びら色の春に~ とか、中山美穂さんの「派手!!!」でも ♪ 渚色のカーブを~ みたいに、その情景/様子を表したものもあります。
こういうちょっとした表現に松本隆さんらしさを感じるんです。
そんな、松本隆さんらしい比喩表現は、『色』だけでなく様々なものがあるのですが、今回の note では『街』に焦点を当てていきたいと考えています。
というのも、松本隆さんが描く歌詞世界にはいろんな『街』が出てくるんです。
もちろん、松本隆さんといえば『風街』(松本さん自身の中にある東京の原風景と言われている)なんですが、ソングライターとしての制作した作品でも、『風街』と限らず、いろんな『街』が描かれているのです。
たとえば、これまた聖子さんの「瞳はダイアモンド」の冒頭に『映画色の街』って出てきますよね。
色表現との組み合わせパターンなんですが、ぱっと見、どんな『街』かイメージするの難しかったりします。
解釈は様々あっていいと思うのですが、そんな松本隆さんが描く『街』のイメージについて考えていきたいと思います。(前置き長っ)
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◆クレヨン画のような街
「SEPTEMBER」1979.8
歌:竹内まりや
作詞:松本隆/作曲・編曲:林哲司
まず最初は、竹内まりやさんの初期の名曲「SEPTEMBER」からです。
これ、曲調はポップなんですが、実は悲しい歌なんですよね。
どうやら彼が年上の女性と会う約束をしてることを知って、彼を尾行して電車に飛び乗った場面から始まります。
実は、この時、彼女の方は、9月になってからの彼の変化を感じていて、もう彼の心を取り戻せないと、半分、覚悟してたりするんですよね。
そんな場面で、彼女から見える街の様子は『街は色づいたクレヨン画』と描かれています。
これ、ちょっと判断に悩む表現ですよね。
もちろん、色づいたというのは街の木々が紅葉していく様子だと思うのですが、まだ9月なのに早すぎるような気がするし、クレヨン画っていうのも、かわいいポップなイメージでとらえるには、不似合いな場面に感じるのです。
私的な解釈で言うと、この場面では、9月になって夏の日射しが弱まり、落ち葉の季節を予感させるようになってきたことと、二人の恋愛の翳りを重ね合わせてると思うんですよね。
現実の街の風景が、急速に落ち葉の季節になっていくように見えた… そんなイマジナリーな風景としてクレヨン画という言葉が使われてると思うんです。
そして、街の色合いが秋深く変化していく導入として、彼の着ていたシャツの辛子色が冒頭に置かれているとこが巧いのです…
◆逃げ出すようにさまよう透かし絵の街
「摩天楼」1980.10
歌:岩崎宏美
作詞:松本隆/作曲:浜田金吾/編曲:井上鑑
さて、2つめに紹介する岩崎宏美さんの「摩天楼」もアダルトな一曲なんですが、これもかなりショッキングな内容です。
彼氏の部屋を訪れた際、バスルームから彼氏じゃない声が聞こえてきて、その場から逃げ出してしまった女性の歌なんです。
彼女は逃れるように雨降る都会をさまよっているんです。
泣きながら辿り着いたのは「透かし絵の街」なんですが、きっと、雨と涙でうすぼんやりとしか見えないビル街の風景なんですよね。
彼女にとっては、もう、どこかもわからない、閉じ込められたように行き場のない摩天楼に囲まれた場所として描かれてるんです。
◆くもり硝子の向こうに見える風の街
「ルビーの指環」1981.2
歌:寺尾聰
作詞:松本隆/作曲:寺尾聰/編曲:井上鑑
※ヨコハマタイヤ『ASPEC』のCMソング
さて、言わずと知れた寺尾聰さんの大ヒット曲「ルビーの指環」なんですが、冒頭のフレーズも有名ですよね。
ここに、『風街』の世界観がうかがえますね。
内容としては、誕生石の指環を贈るぐらい親密だった女性に別れを告げられた後の男性を描いています。
ここでは "くもり硝子" の向こうに『風街』が広がっている設定です。
2番の歌詞に ♪ さめた紅茶が残ったテーブルで~ という部分があるので、"くもり硝子"というのは、洒落た(今で言うとレトロな)喫茶店の窓に使われていたデザイン硝子のことだと思ってたんです。
ただですね、そうすると都合の悪い部分があってですね…
"くもり硝子"だったら、そんなとこ見えないんじゃないかと…
そこで考えるのです。
もしかすると、この喫茶店の窓は通常の硝子だったのかもしれません。が、強いショックを受けた男性は、呆然自失というか、目の焦点も合わずぼんやり眺めている状況で、その様子を "くもり硝子" と表現したんじゃないかと… (すごく薄い "くもり硝子" だったとも考えられますが…)
◆水との対比を生む鏡の街
「水のルージュ」1987.2
歌:小泉今日子
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗
※カネボウ ″AQUA ROUGE″ のCMソング
さて、お次は小泉今日子さん自身も出演していた、カネボウのアクアルージュのCMソング「水のルージュ」です。
この歌は、松本作品に時々登場するファンタジーな世界を描いたものだと思います。
『鏡の街』なんでキラキラした煌びやか世界のイメージに思えるんですが、この歌の主題となってる『水』と合わせて考えてみると、ちょっと違った印象になります。
商品自体、ナチュラルさを売りにしていた商品だったので、歌詞の中でも『水』のようにあふれ出たり、流れるような ”自然” さというのが強調されています。
そう考えると、『鏡の街』が、途端に人工的に感じられてきて、いろんな思いを乱反射させるんだけど、なんか虚像を映している無機質な存在として描かれているように感じるのです。
◆蜜色の雨が降る水色の街
「すこしだけやさしく」1983.5
歌:薬師丸ひろ子
作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一/編曲:井上鑑
薬師丸ひろ子さんの「すこしだけやさしく」も名曲ですね~
この歌は、恋心が芽生えたばかりの心情を、松本隆さんらしい "揺れる" 表現で描いたものです。
優しくしてあげるのに、なんで少しだけなの?とか、心の怪我に "淋しさ" って繃帯巻いたら悪化しない?とか思いませんか。
そんなちょっと正反対な心情部分が、松本隆さんならではの "揺れる" 表現なんですよね。(恋してる心情を描くときに時々登場するんで、そのうち、そういう切り口でもまとめられるといいですね。)
そして、この歌の中で数少ない情景的な部分に『街』が登場します。
どうでしょう、この部分、どんな印象を持たれます?
甘くきらめくような蜜色の雨が降っているのですが、きっと『水色の街』って寒々しい感じなんでしょうね。
寒色の世界に暖色の雨が降ってる…
ズッキュン!という感じではなくて、ジワジワ~っと、しみ込んでいくような恋心を感じませんか?
◆美しい日々を映す映画色の街
「瞳はダイアモンド」1983.10
歌:松田聖子
作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:松任谷正隆
最後は前段でも触れた松田聖子さんの「瞳はダイアモンド」です。
さて『映画色の街』とは?ですね…
いきなり、彼女のセリフから始まります。
このセリフから察するに、この歌は、彼から別れを告げられた直後の場面が描かれているのです。
いや~、まさに松本隆色の表現ですよね。
この『映画色の街』というのは、これまでの幸せな思い出が、まるでスクリーンに映し出されるかのように、浮かんでは消えてる様子だと思うんですよね。
多分、彼女にはそう見えたんです…
スクリーンに映し出される思い出の中で、彼はずっと「愛してる」ってささやいてるんだと思います。
それが、直前に「愛してた」って告げられたことで、その様子が途切れ途切れになっていってる… そんな場面だと思うんですよね。
そして、切れ切れになっていく思い出たちは、サビの「泣かないでメモリーズ」につながっていくわけなんです。
ほんと、綺麗な歌詞なんですよね。
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一応、80年代の曲を中心に(いつもの通り)、『街』に関する松本隆さんの歌詞をまとめてみました。
なんか、並べてみると、以前、扱った曲ばかりなんですが、別切り口という事でご了承ください。
また、私の知ってる歌の範囲なんで、他にも『街』が出てくる歌があれば、教えていただけれると嬉しいです。
冒頭にも書きましたが、松本隆さん作品って多すぎて、なかなか網羅した記事にはできないんですよね。
その分、いくつかの切り口があると思うので、そのうち、別視点でも書いていけたらと思います。
(関係note)
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