続・中森明菜の9枚のシングル(9人の作詞家による9つの世界)
”歌姫” と呼ばれたアイドル中森明菜さん。
その中森明菜さんが80年代にリリースしたシングルは23枚。※
前回記事はデビューから9thシングルまでの9枚のシングルの中で、歌が少女性の世界から大人の女性のものへと移り変わっていった様子を ”note” していきました。
今回は残り14枚のシングルから、9枚のシングルを選び、アイドルから ”歌姫” へと変化していく様子を感じてもらえればと思います。
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9thシングルまで、来生えつこさんが4曲、売野雅勇さんが4曲と、二人の作詞家を固定して世界観を作ってきた中森明菜さんなのですが、10thシングル以降の作詞家さんは、固定化されず、実にバラエティな面々です。
シングルは複数の候補曲の中から選ばれていて、選出の際は、中森明菜さん自身の意見が大きかったそうなんで、男女や有名無名に関わらず、描かれている世界観を踏まえて選出されていった結果なのだと思います。
というわけで、9人の作詞家さんの描く、9つの世界を追っていきます。
『飾りじゃないのよ涙は』10th
作詞・曲:井上陽水/編曲:萩田光雄
今までに無い大胆なジャケットデザインが、脱アイドル路線を感じさせます。ここで起用されたのは、安全地帯の『ワインレッドの心』で注目されていた井上陽水さんでした。
この『飾りじゃないのよ涙は』の頃は、安全地帯の『恋の予感』、自身の『いっそセレナーデ』が近い時期にリリースされ、第二次陽水ブームを巻き起こす契機となりました。
そう始まるこの歌は、歌詞の全てが一人称の独白という、陽水さんならではの歌詞ですよね~
でも、これって相手が描かれてないので、誰に対しての独白なのかは判然としていません。
まあ「好きだと言ってるじゃないの」って部分で、特定の男性に対して言ってるように思えるんですが、実は ”自問自答” なんじゃないかと、自分はそう考えてたりするんです。
この一筋縄ではいかない陽水ワールドを歌いこなす中森明菜さんに、アイドルから ”歌姫” への変化が見てとれるんです。
『ミ・アモーレ〔Meu amor e・・・〕』11th
作詞:康珍化/作・編曲:松岡直也
明菜さんに「レコード大賞」をもたらした名曲ですね。
作・編曲には、私の敬愛するラテンピアニストの故・松岡直也さんが起用されていて大好きな曲なんです!
作詞の方は『北ウイング』に続いて2度目の起用となる康珍化さんなんですが、この『ミ・アモーレ』の歌詞には独特な気配があるのです。
多分、2人で行った旅先での出来事なんですよね...
描かれてるのは、2人でカーニバルを見に出かけた際、彼とはぐれちゃって、その後、出会うまでの間の短いドラマなんです。
歌詞の中で、少し分かりづらいのが、この「ふたりはぐれた時それがチャンスと~♪」と、ジュモンを投げたのが誰なのか…という部分なんですよね。
解釈は分かれると思うのですが、私的には、これはカーニバルに宿る魔術的な力だと考えています。
彼とはぐれてしまった女性は、めくるめくカーニバルの魔力に魅入られ、翻弄されていくわけなのです。
2番の歌詞で、彼を見つけたことによって魔力から解放されるのですが、我に返った女性は「私の心が迷わないように、しっかり抱いていて!」と、愛しい人(ミ・アモーレ)と抱き合うというのが結末です。
明菜さんのシングルには珍しい二人の愛を確かめ合う歌だと思うんです。
短い場面なんですが、二人の様子とカーニバルの幻想的な光景を交互に構成した康珍化さんの歌詞は天才的ですよね~
この歌詞に松岡直也さんのラテンサウンドが組合わさることで、情熱的でありながら、独特の魔術的な雰囲気を生んでいると思うんです。
だからこそ、この曲は傑作なのです。
『SAND BEIGE -砂漠へ-』12th
作詞:許瑛子/作曲:都志見隆/編曲:井上鑑
『SAND BEIGE』は前曲『ミ・アモーレ』に続いて ”旅情シリーズ” 呼ばれた曲です。
ジャケットのアートワークが雰囲気ありますよね~、白の衣装に身を包む明菜さんが既に歌の主人公って感じです!
曲も中近東っぽいアレンジで、前曲と同様、魔術的な雰囲気に包まれていますね。
作詞は、なんと、この曲が作詞家デビューとなった許瑛子さんで、サハラ砂漠を旅しながら、彼との思い出に彷徨う女性を描いた曲です。
自ら別離を選んだはずなんですが、彼への思いはなかなか消えてくれないんですよね~。
サビの部分の歌詞についての解釈は分かれると思いますが、私的には、そんな自分の弱さに負けまいとする決意を感じるのです。
『SOLITUDE』13th
作詞:湯川れい子/作曲:タケカワユキヒデ/編曲:中村哲
あまりにも淡々とした曲なので、ファンの間でも賛否両論があって、マツコ・デラックスさんからは「ファンにとっての踏み絵」と評された曲です。
たしかに、これまでのシングルと比べると ”盛り上がり” に欠ける感じなのですが、個人的には湯川れい子さんの詞がかっこよくて大好きな曲です。
冒頭部分、”25階の非常口で風に吹かれながら爪を切ってる” なんて、ハードボイルド的にカッコよすぎませんか?
きっと、湯川れい子さんが描いたのは、恋愛感情も入り込めない ”孤高さ” を持った女性だと思うんです。
自ら別離を選んだといっても、前作の『SAND BEIGE』の主人公とは違うタイプです。
多分、今までのシングルにはないタイプの女性で、明菜さんがスタッフの反対を押し切って、この歌をシングルに選んだ理由もそこにある気がするのですよね。
そして、そんな孤高な女性を、できるだけ情感を排しながら表現する明菜さんも、たまらなくカッコいいのです。
『DESIRE -情熱-』14th
作詞:阿木燿子/作曲:鈴木キサブロー/編曲:椎名和夫
2年連続の「レコード大賞」を受賞し、中森明菜さんの代表曲と言われる曲です。
歌番組に登場した時、ボブのウィッグに和装と洋装が混じったような衣装と、ダンサーを引き連れながらのあの振り付け!
アーティストとしても登りつめた印象でしたね。
これまで、「少女A」を始めとした売野作品で意識されてきたと思われる山口百恵さん路線…
その世界観を作った阿木燿子さんが、作詞家として登場しています。
この曲は、男女に関わらず、軟弱な恋愛ではなく、もっと欲望を燃やすような真実の恋愛を叫ぶアジテーションなんですよね。
何となく阿木燿子さんは、中森明菜さん自身をイメージして作詞したような気がします。
そんな楽曲に、衣装、振り付け、歌唱と、明菜さん自身によるセルプロデュースここに極めりといった感じで、高い次元で完成された、まさに代表曲だと思うのです!
『ジプシー・クイーン』15th
作詞:松本一起/作曲:国安わたる/編曲:小林信吾
それまでのシングルでは、自分から別れるパターンや別れを予感させる曲はあったものの、相手が去って行くパターンの、いわゆる明確な「失恋」を歌ったものは無かったと思います。
そういう意味で、この『ジプシー・クイーン』は、明菜さん初の「失恋ソング」じゃないかと思うんです。
タイトルに相応しく、松本一起さんによる歌詞には、意味深で暗示的な言葉が多かったので、当時、様々な解釈が飛びかったんですよね。
個人的には、去って行った人への思いを眠らせ、今世を生きていこうとする女性を描いた歌だと思っているんですが….
『TANGO NOIR』17th
作詞:冬杜花代子/作曲:都志見隆/編曲:中村哲
中森明菜さんを象徴する ”のけぞりポーズ” から始まる『TANGO NOIR』は、その振り付け、衣装を含めて、トータルなコンセプトで完成された『DESIRE』の系譜にある曲だと思います。(そして、この系譜は『TATOO』に続いていくのです。)
ただ、冬杜花代子さんによる歌詞は、単に情熱的なだけでなく、これまでにない扇情的で官能的な言葉が散りばめられていて、最もアダルトな曲に仕上がっています。
最後の「♫ タンゴノワァアァ~ル」のヴィブラートは特徴がありすぎて、よくモノ真似ネタにもされますが、この低音の迫力は、完成したヴォーカリストのものだと思うのです。
『難破船』19th
作詞・曲:加藤登紀子/編曲:若草恵
「失恋ソング」として、『ジプシークイーン』以上に生々しい感情が溢れる『難破船』は、加藤登紀子さんが、明菜さんにカバーしてほしいと熱望した曲と知られています。
激しく生きてきた加藤登紀子さんの恋愛観が滲み出てますよね~
この情念的な表現は、感情を極力抑えた『SOLITUDE』とは対極を為す歌唱だと思うし、この表現力の幅が ”歌姫” と呼ばれる所以なんだと思います。
「夜ヒット」での終盤、涙を流しながら歌う明菜さんは、こちらも沈められてしまいそうなほど、鬼気迫る迫力を感じたのでした。
ちなみに、プライベートでの事件は翌々年のことなんで、ここでの涙は、あくまで歌の世界に身を重ねた結果だと思います。
『LIAR』23th
作詞:白峰美津子/作曲:和泉一弥/編曲:西平彰
80年代最後のシングルとなった『LIAR』は、『ジプシー・クイーン』、『難破船』に続く失恋ソングでした。
ただ、白峰美津子さんの描く女性は、前二作のような ”愛に殉じる女性” ではありませんでした。
『難破船』と同質の生々しさは持ちつつ、失恋の衝撃に耐えようとする気丈さも感じさせるんです。
私生活では、交際相手のスキャンダルが報じられた後だったので、どんな心境で歌っていたのか…
結果として、この曲のリリースから3ヶ月後に、自殺未遂を起こすことを知ってる者には、この『LIAR』は心に刺さり過ぎるのです。
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この他、2曲連続となった松本一起さんの『Fin』、麻生圭子さんが女性の本音を描いた『BLONDE』、大津あきらさんが描く魔術的な一曲『AL-MAUJ (アルマージ)』、森由里子さんによるSFチックなキーワードが頻出する『TATTOO』、そしてタイトル自体も謎だった福士久美子ワールドの『I MISSED "THE SHOCK"』など、紹介しきれなかった5曲も心に残る曲です。
今回紹介できたのは9曲だけですが、これほど多彩な世界を演じられる中森明菜さんには、やっぱり ”歌姫” という称号が似合います。
明菜ファンであるマツコ・デラックスさんが、よく「命を削りながら歌っていた」と評しますが、”まさに!” って感じで、ギリギリまで歌い続ける姿は美しく、いつまでも記憶に残るのです。
最近、活動を休止していた中森明菜さんの活動再開が話題になっていますが、 ”歌姫” には、いつまでも歌い続けて欲しいと思うんですよね。
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