「ジェンダーに関心あります」。 勇気を出して本音を言えば、心が通じる人はいる |治部れんげ
それは5年前のことでした。毎朝9時すぎに、当時3歳だった娘を幼稚園へ送っていました。門の前に立っている先生と娘を引き合わせると、私はダッシュで自転車置き場へ行き、園から遠ざかっていたのです。
仕事があるから、だけでは説明がつきません。実は「逃げていた」というのが本音でした。一体、何から逃げていたのか、と言うと「園のママ達」から。なぜなら自分は「園ママにふさわしくない」そして何より「そのことがばれたら困る」と思っていたのです。
特に隠したかったのは「自分がジェンダーに関する仕事をしていること」。社会的に決まる性役割=ジェンダーに疑問を持ち、それを問うような記事を書いたり講演をしたりメディアで発言していることを「園のママ達」に知られたくなかったのです。
当時の私に自分以外の「ママ達」は、いつも笑顔でキレイにしていて、家事や育児が得意で好き。いわゆる女性役割を進んで引き受けているように見えていました。そこに異議申し立てをしているとばれたら、どうなるだろう、という不安があったのです。
この園は何年も前から預かり保育をやっていて、クラスの半分は共働き家庭、もう半分は専業主婦家庭。そして、お菓子や裁縫が得意な母親が多い幼稚園でした。個性尊重、裸足で園庭を走り回る子どもの姿に惹かれて娘を入園させたものの、自分の正体が「ママっぽくない母親」であることを隠そうとしていたわけです。
ところが入園から数週間経ったある日、いつものように娘を先生に引き渡して即、園を去ろうとしていたら、ひとりのママに呼び止められました。「れんげさん」そして彼女は言ったのです。「読みました」と。
インターネットに本名で記事を書く仕事をしていますから、当然、知り合いの目にふれることはあるでしょう。ああ、ついに読まれてしまったか。ところで、どの記事だろう…。気になっていると、彼女は続けて言いました。
「私も、本当は働きたかったんです」
この時どんな答えをしたか覚えていませんが、やがて少しずつ、私の仕事や書いているものについて、園ママと話す機会が増えてきました。
ある人は「れんげさんは、どこで仕事をしているの?」と尋ね「ふだんは自宅か、駅前のスターバックスで、週に2~3回、都心に行きます」と答えると「いいな。私も家で出来たら仕事をまたしたいのだけど」と言いました。彼女はお料理教室の先生でした。
また別の人は、2人目が生まれるまでは東京都心部に住んでいたこと、当時は仕事が忙しかったので、子どもが熱を出すとパパが対応していたそうです。元の勤務先から「そろそろ復帰しないか」と誘われているそうですが、今はまだ子どものことを優先したい、と話してくれました。
中には資格をとって、仕事に復帰していく人もいました。「忙しいけれど、精神的には今の方が楽かもしれない」と言いながら。
彼女達はみな、私から見たら、可愛らしくておしゃれで素敵なママ達です。「中身おっさんの私とは違う」と自分で勝手に線引きしていたけれど、腹を割って話してみると、同じ年の子どもを同じ街で育て、同じ園を気に入ったわけですから、価値観は通じるものがありました。働きたいママだけでなく「今は子どもとの時間を大事にしたい」と話す人の気持ちも、私にはすごくよく分かって共感できたのです。
「思ったより分かってくれた」のは、ママ達だけではありません。この幼稚園の園長先生は女性で私の母と同世代。3人の娘さんを育てながら働いてきたワーキングマザーです。ある時、園の壁に私がインタビューに応じた新聞記事が貼ってあったのに驚きました。
さらに、驚いたのは保護者向けに育児書を並べた本棚に私の本が置いてあったこと。タイトルは『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』。アメリカの共働き夫婦を取材したものでした。自身が働く母親で、海外在住経験もある園長先生は、こういう本も自然に受け入れていたのかもしれません。それにしても、幼稚園で性別役割分担をひっくり返す提案もありだとは。単に私の頭が固いだけだったのかもしれません。
この園にくるまで3年間、私たち家族は都心に近い別の街に住んでいて、娘は0歳から保育園に通っていました。保育園と幼稚園を両方経験してみると、共通点も多いことに気づきました。保育園は厚生労働省、幼稚園は文部科学省と管轄が異なりますが、良い先生は共通しています。それは子ども最優先であること。
保護者についても同様に、幼稚園と保育園で違いより似ていることの方が印象に残りました。先に記した通り、現在たまたま専業主婦をしている母親の中にも「働きたい」と思っている人はいて、仕事に復帰していきます。また、保育園の保護者にも「仕事を減らしたい」とか「本当は子どもと一緒にいたい」と思っている人がいます。
根底にあるのは、人それぞれ、望むワークライフバランスのありようが違うということ。そして、専業主婦であっても、女性がケア労働を担うことを必ずしも当然のこととして受け入れているわけではない。これは時代の変化です。
子どもが小学校に入学してしばらくたったある日のこと。娘のクラスメートの保護者であるお母さんからLINEでメッセージがきました。「れんげさん、ジェンダーのことに関心あるんですね」。いつも綺麗にお化粧してPTA役員もしっかりこなす「ちゃんとしたお母さん」、少し前なら「自分とは違う」と気後れしていたような相手です。
しかし今回はあわてず「そうなんです。そういう仕事をしているんです」と返信しました。そして学校行事の時、彼女とゆっくり話をしてみたところ、クラスの名簿が男女別の五十音順になっていて、男子が前、女子が後ろであることに疑問を抱いていました。「これ、ジェンダーの問題ですよね」と言うので「まさにそうですよね」と話しました。
その翌年、うちの子ども達が通う東京都郊外にある公立小学校でも男女混合名簿がようやく導入されました。私は嬉しかったので、市役所にメールでお礼を伝えることにしたのです。自分が書いた文面をコピーして、前述のお母さんにメールで送りました。私はこういう内容で市役所にメールしたので、●●さんも送ってみたらどうでしょう? と言い添えて。
そんなわけで、私が男女の役割や働く母親、男性の子育てについて書いたり話したりしていることは、周りのお母さんたちに知られています。全ての人が好意的に受け止めているわけではないと思いますが、少なくとも私に直接、書いた記事を「見ました」「読みました」と声をかけてくれる人は、それぞれに問題意識をもって考えています。
自分が勝手に引いていた「ちゃんとした主婦のお母さん」に対する気後れが徐々に消えると、そこには、子育てという共通項のある多様な経験を持つ女性たちがいることに気づきました。皆さんも、ちょっとだけ勇気をもって自分の本音を口にしてみると、意外と話が通じる人は近くにいるかもしれないですよ。
治部れんげ(ジャーナリスト)
プロフィール
1997年、一橋大学法学部卒。日経BP社にて経済誌記者。2006~07年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年よりフリージャーナリスト。2018年、一橋大学経営学修士課程修了。メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。現在、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京大学大学院情報学環客員研究員。日本政府主催の国際女性会議WAW!国内アドバイザー。東京都男女平等参画審議会委員(第5期)。豊島区男女平等参画審議会長。朝日新聞論壇委員。公益財団法人ジョイセフ理事。朝日新聞論壇委員。UN Women日本事務所による広告のバイアスをなくす「アンステレオタイプアライアンス日本支部」アドバイザー。著書に『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。2児の母。