『駅馬車』、『テルマ&ルイーズ』に見るアメリカ西部の地形
ロードムービーにおいて、撮影地として選択されるロケーションは非常に特別な意味を持つ。これは、ロードムービーが、作品全体を通して旅、移動を続け、それがストーリーと常にリンクするものである以上、登場する場所が「出発」や「目的」、あるいは「通過」「寄り道」「迷い」など説話における象徴的な役割を担うことによる。ここで指すロケーション、場所とは単に国や地方、地域、スポットといった特定のどこかに限ったものではない。ロードムービーにおいては時に、名もなき土地の地形や道路さえも物語上かつ映像のために強い効果を発揮する。むしろ、地形や道路は旅、移動の直接的な舞台であり当然重要となるが、撮影という手段でその形状や構造、スケールまでを表現のうちに取り込めるという点で、ロードムービーの醍醐味であると言えるだろう。
ここでは『駅馬車』(1939年、ジョン・フォード監督)、『テルマ&ルイーズ』(1991年、リドリー・スコット監督)を取り上げ、両者の地形、道路を機能的に撮影することに成功しているシーンを比較することで、特にアメリカ西部を舞台とするロードムービーでそれらが果たす役割について考察する。
『駅馬車』と『テルマ&ルイーズ』の制作は50年以上も隔たっており、時代設定も全く異なるにも関わらず、両者には非常に似たシーンが存在する。『駅馬車』におけるアパッチ族が駅馬車を襲撃するシーンと、『テルマ&ルイーズ』の終盤、主人公2人と警察のカーチェイスのシーンである。『駅馬車』の撮影はモニュメントバレーで行われており、『テルマ&ルイーズ』は作中でグランドキャニオンの名前が言及され、特定はされないもののユタ州〜アリゾナ州のエリアを想定していることは明確である。馬と自動車という乗り物の違いはあるが、この2つのシーンは、丘状地形の効果、道の消失と追う側/追われる側の配置に共通点を見いだすことができる。
『駅馬車』でアパッチ族の集団は、小高い丘の上から駅馬車を眺める。駅馬車に乗った一行が荒野を進み、背景にはモニュメントバレーのメサ・ビュートがそびえ立つ。このとき駅馬車はまだ道の上を走っている。眼下に駅馬車を見るアパッチ族の集団を、カメラは比較的高速なパンで短く集中的ながらも壮大な音楽ととともに映し出す。襲撃を開始する際も、アパッチ族は丘の上から唐突に姿を現し、道が完全に消失した平原を、駅馬車1台の後ろに大勢が並走するという構図で追跡する。その様子は上空から俯瞰するような視点で撮影される。
対して『テルマ&ルイーズ』の終盤では、路上を走る2人の車を、反対側の車線からUターンした数台のパトカーが追跡し始める。この際、2人の車が疾走する一本道の先にはオープニングで現れる小高い山がそびえ立っている。応援のパトカーが次々と加わり、前方からもパトカーが現れたところでカーチェイスは勢いを増し、2人の車は脇に大きく逸れ、民家の合間を縫うように走る。柵を突き破ったところで、これもまた道がなくなった平原を、2人の車の後ろを無数のパトカーが並走するという構図で、上空からの俯瞰で撮影される。その後、一時はパトカーの追跡を逃れ2人は台地の崖に到達するが、そのはるか下の谷間から突然警察のヘリコプターが現れる。
このエリアに広がる台地状の地形や丘は、『駅馬車』でも『テルマ&ルイーズ』でも、その雄大な景観と特殊な形状のみならず、高低差をふんだんに利用することで唐突な敵の出現というストーリー上重要な展開を効果的なものにする役割を担っている。高さという座標をここまで自由に使うことができ、かつ丘の上にも下にも平原が無限に広がっているというこの豊かなロケーションは、乗り物を使ったアクションに非常に適しているといえるだろう。並走する無数の敵に追われながら平原を逃げるという構図も、このロケーションでしか叶わない特殊なものである。馬・自動車の大群が横に並んで走る構図が可能になる広大さと平坦さ、なおかつ自然の大地の凹凸によって生まれる馬の身体・車体の揺れが、時代も制作の技術もまるで異なる2作品で驚くほど酷似している。また、両者で追う側/追われる側の配置は共通しているが、秩序/無秩序(正/悪)の立場は逆転しているという点も興味深い。そして、この2つの作品はいずれも、戦いの開始と同時に道路が消失する。作品を通して続いていた旅は、常に道路の上を進んでいくものだったが、これらのシーンで道路の消失とは、同時に筋道の消失を意味する。上述したように、ロードムービーにおける「場所」がストーリーとリンクし何かの象徴となるとき、消失する道路は道理の崩壊を意味し、それに伴う展開とは、想定外の出来事やアクシデント、ここではカーチェイスという戦いに当たる。
北アメリカ大陸の西部が、西部劇というジャンルを確立させ、ロードムービーの舞台として何十年もの間人々を魅了している理由は、映画のワンシーンを取り上げその地形を観察するだけでも明らかである。ここでは地形に焦点を当てて考察を進めたが、モニュメントバレーやグランドキャニオンといった具体的な地名にも当然映画の中で果たす役割がある。このエリアの特殊な地形は、今となっては西部劇の代名詞とも言えるアイコニックなものとなっている。
ロードムービーにおいて地形、道路は、物語の象徴と撮影の効果、両方に大きく寄与する要素である。旅というテーマにとって場所、土地はもちろん重要であるが、撮影という手段が伴うと、さらにミクロな、土地そのもののつくりさえも物語、映像の中で働きを見せるのである。
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