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暗号資産200か国25万人分はなぜ消えたのか

謎の企業体『アイリッシュ・リミテッド・パートナーシップ』の秘密

取材・執筆:ロス・ヒギンズ、ボー・ドネリー 
訳:谷川真弓

2019年6月頭、暗号資産取引所「Bitsane」では盛んに取引が行われていた。

暗号資産の時価推移などを見ることができるウェブサイトCoinMarketCapによると、当時のBitsaneの一日の取引高は700万ドル相当だった。Bitsaneは200か国以上にユーザーがいると宣伝していた。

しかし、それから数週間のうちに、Bitsaneのプラットフォームは、ソーシャルメディア・アカウントや25万人近いユーザーのデポジット(訳注:サービス終了時に返却される預り金)ともに消え失せた

Bitsaneのユーザーはソーシャルメディアで、まずは「一時的な障害が起きているのか」と尋ね、次にデポジットについて慌てふためき、それから怒りながら被害額を比べ合った。

Bitsaneが扱う様々な暗号資産に、数万ドルを投資していたユーザーもいた。

しかし、ある日突然すべてが消えてしまったのだ。

「あの悪党たちが捕まりますように」と、あるユーザーは被害者たちが経験を語り合うSNSテレグラムのチャンネルに投稿した。

カネがどこに消えたのかはいまだに謎だ。そして、Bitsaneの黒幕の正体も謎だ。

残されたのは、事業者としての書類や記録における痕跡だけである。

Bitsaneは2016年にアイルランドで登記され、所在地はダブリンの中心地になっている。しかしBitsaneがそこに事務所を構えた形跡はない。少なくとも物理的な事務所はなかった。アイルランドと特につながりがなさそうな数百のビジネス・ベンチャーと共有する、バーチャルオフィスの郵送用住所にすぎないようだ。

アイルランドの会社登記局(CRO)の記録によると、Bitsaneのゼネラル・パートナー(訳注:無限責任を持つ出資者)はひとりの個人で、その連絡先はリトアニアの住所だ。リミテッド・パートナー(訳注:出資した範囲にのみ責任を持つ出資者)は香港の会社で、この香港の会社の唯一の株主はベラルーシに拠点を置いている。Bitsaneの設立書類を提出したのは、企業構造の設立および登記を専門とするロンドンのエージェンシーだった。

このエージェンシーは、数十もの事業体の設立をこの数年間に行なった。すべて、Bitsaneと同じ「アイリッシュ・リミテッド・パートナーシップ(ILP)」だ。ILPはアイルランドだけに存在する事業形態の一種である。

Bitsaneの登記書類上にあるダブリンの住所(Image: Google Street View)

このエージェンシーが登記したILPや、ベリングキャットが報道パートナーのサンデータイムズ紙と調べた他のILPも、多くは合法的な事業をしているかもしれないが、Bitsaneは違った。

しかし、Bitsaneの真正のオーナーの正体や、プラットフォームを動かしていた人々の正体を特定するプロセスは非常に複雑だ。調査しようと思ったら、アイルランドだけでなく、イギリスやリトアニア、香港、ベラルーシという多数の異なる管轄を行き来するはめになる。会社設立エージェンシーは、ベリングキャットの問い合わせに対し、もし警察からの要請があったらすべて従っただろうし、またBitsane以外の関係者が違法行為に関わった様子はない、と答えた。アイルランド警察はサンデータイムズ紙の取材に対し、本件について進行中の捜査はないと返答した。

消える前のBitsaneウェブサイトのスクリーンショット(アーカイブより)

他のILPは、秘密管轄地域に拠点を置く会社がパートナーとして記載されているなど、さらに複雑な場合もある。秘密管轄地域とは、会社の記録が保存されないか、もしくは一般に公開されていない国のことだ(訳注:そのため、資産や金銭的取引を隠すことが容易とされる)。

つまり、ILPを生み出した100年前の法律のおかげで、事業の真正のオーナーは登録される必要も、名前を記載される必要もない。パートナーの多くは、ベリーズやセーシェルのような秘密管轄地域に拠点を置く、ごくありふれた名前の会社のように見える。これは、ILPが悪用されうると専門家が考える理由である。

ILPブーム

ベリングキャットはこの数ヶ月にわたり、アイルランド会社登記局からダウンロードした数千もの資料を精査することにより、ILPの利用の幅広さや、ILPによってしばしば作り上げられる複雑な構造を分析することができた。

アイルランド会社登記局の資料によって明らかになったのは、2015年以降、オーナーが明確でなく、パートナーが秘密管轄地域にいるILPが1,000社近く設立されたということだ。

また、ILPの設立件数も、近年では今までにないほど増加している。記録によると、1900年代から2014年までに1,000社超のILPが設立された。だが、2015年から2021年の間に設立されたILPは、約2,400社にものぼる。この期間だけで、これまで設立されたILPの70%を占めている。

このILP設立ラッシュにはアイルランド会社登記局も気づいており、2017年の年間報告書には同年のILPの登記数が史上最高の676件だったと書かれている。

ベリングキャットとサンデータイムズ紙が精査した書類によると、以下の事実もわかった。

・数百のILPが同じエージェンシーによって設立されている。

・1,250社超のILPが、ダブリンとコークの計3ヶ所の郵送用住所のいずれかを記載している。

・ILPの登記件数は、英国でスコティッシュ・リミテッド・パートナーシップ(SLP)に対して真正のオーナーを明らかにするよう義務付ける法律が制定されてから跳ね上がった。SLPの一部は大規模な国際的詐欺に関わったと報道されている。

・セーシェルを拠点とする一個人が、150社近いILPのゼネラル・パートナーとして登録されている。また、ひとりのルーマニア人が、370社超のILPの支配的パートナーとして登録されている。

・輸出入事業に関わっているILPもあり、関連する国は様々だが、ロシアとウクライナが圧倒的多数を占めていた。真正のオーナーについての情報は見つからなかった。

ダブリンの会計事務所「PKFオコナー、レディ&ホームズ」の事業再生部署担当パートナーのデクラン・デ・レイシーによると、歴史的にILPはパートナーたちが事業に投資する一方で、出資した範囲だけにしか責任を負わないことを可能としてきた。ILPは投資ファンドや家族経営パートナーシップ、不動産投資にとって便利だったという。パートナーが支払う税金は、それぞれに分配された後の利益に対するものだけになるからだ。

しかし、デ・レイシーいわく、ILPは実質的オーナー(訳注:事業経営を最終的に支配している個人・法人。実質的支配者)を突き止めることが簡単にはできない事業体を設立する、効果的な手段にもなっている。「完全な匿名性を認める管轄地域にある会社であってもパートナーになれますし、パートナーがすべて秘密管轄地域の会社というケースも多いです。これはコンプライアンスの観点からいうと高いリスクと見なされます」

イギリスに拠点を置くリミテッド・パートナーシップの専門家グレアム・バローによると、ILPのパートナーは「自分の身元についてはごくわずかな情報だけを用意すればよく、他の申告義務もありませんし、照合もされません。紙に数人の名前と住所を書くだけでいいんです。だから、所有と経営の実態を隠すことができる、とても不透明な方法といえます」。

アイリッシュ・リミテッド・パートナーシップ(ILP)とはそもそも何なのか?

ILPはイギリスが1907年に制定したリミテッド・パートナーシップ法によって生まれた(訳注:リミテッド・パートナーシップは、合資会社や有限責任組合に似た、通常の会社よりも規制などが少なく出資が容易な事業形態)。当時、アイルランドはまだイギリスの一部だった。

この法は、スコットランドに特有の事業形態であるスコティッシュ・リミテッド・パートナーシップ(SLP)も生み出した。ベリングキャットは以前、大規模なマネーロンダリング計画が立て続けに明らかになった後に、SLPが悪用された疑惑について報道している。

2014年にモルドバの銀行から10億米ドルが違法に引き出された詐欺事件にも、SLPが関わっていた。2017年、アゼルバイジャンからヨーロッパに数十億ドルが持ち出され、奢侈品の購入や政治的影響力の強化に費やされたが、このときは2社のSLPが使われた。208億米ドルが国際的な銀行ネットワークを介してロシアの外に持ち出されたロシアン・ローンドロマット(ロシアのコインランドリー)・スキャンダルでもSLPが重要な役割を果たした

SLPは、ILPと同じく、申告義務のある情報はわずかで、パートナーシップの実質的オーナー――最終的に事業を支配している人物――の名前を記す必要はない。

さらに、SLPも秘密管轄地域に拠点を置く会社をパートナーとして登録することができる。その場合、会社のオーナーの素性についての情報はさらに一段階不透明になる。2016年に登記されたSLPの少なくとも71%は、秘密管轄地域に拠点を置く会社によって経営されていた。

2017年、「重要な支配権を持つ個人・事業体(PSC)」についての新法がイギリスで導入された。その目的は、PSC申告を義務付けることにより、SLPの実質的オーナーが確実に明示されるようにすることだった。この法律の施行後に行われた調査によると、SLPの実質的オーナーの大多数がイギリス国外、特にウクライナとロシアに拠点を置いていることが判明した。

実質的オーナーの名前を明示することを義務付ける法律が施行された後、SLPの登記数は激減した。

まもなく、SLPの登記数は減りはじめた。

しかしILPにはこの新法が適用されず(アイルランド共和国はとっくの昔にイギリスから独立している)、以前のSLPと同じ利点を引き続き提供している。2015年以降、ILPは急増した。

アイルランド企業・貿易・雇用省(DETE)の広報官は、この件について取材したサンデータイムズ紙に対し、増加の理由は完全には明らかではないが、イギリスのEU離脱およびイギリスのリミテッド・パートナーシップ制度の厳格化が影響している可能性があると答えた。

2006年以降のILPの登記数(訳注:青い線は登記数、オレンジの線は営業中の数)

以前ベリングキャットによってSLP設立に携わったことがあると特定された会社設立エージェンシーのいくつかも、この時期にILP登記を始めている。最も数が多かった会社のひとつは、LASフィデューシャリーという名前の会社で、2017年に新たに設立された676社のILPのうち、約20%の設立に関わった。LASフィデューシャリーの記録を確認すると、同社幹部のひとりが、似た名前のLASインターナショナル(UK)社の役員でもあるとわかる。LASインターナショナル(UK)も、エージェンシーとして2015年から2021年のあいだに39社のILPを設立している。そのうちのひとつがBitsaneだ。

LASインターナショナル(UK)は以前、2年間で1,632社ものSLPを登記した。ベリングキャットは同社について記事を発表している。

LASフィデューシャリーの登記書類にある連絡先にベリングキャットがEメールで問い合わせたところ、ミズ・エレナ・ヤエル・ドブジクと名乗る人物(LASフィデューシャリーおよびLASインターナショナルの元代表だという)からの返信があった。それによると、両社ともに事業を停止し、昨年任意解散の手続きをしたという。

しかし、事業の停止前は顧客確認(KYC)をすべて実施し、会社設立エージェンシーとして顧客の事業に関わったことはなく、もし実質的オーナーが違法行為を行っていると認められた場合はサービスを停止した、とドブジクは返信で述べた。実質的オーナーの情報は要求されるとすべて申告され、また、警察からの問い合わせには常に応じたという。

しかし、ドブジクのEメールには次のように書かれてもいた。「過去に登記書類を当社が提出した会社で、後に不法行為に手を染めたと告発された会社も数社あります。しかし、そのような情報は、登記の前に当社には与えられませんでした」。そして、「どのような事業形態でも不法な事業を行う可能性がある会社は常に一定数存在し、これは会社設立エージェンシーや事務手続き担当エージェンシー一般にとって問題です」。

エージェンシーの立場では、会社オーナーがこうした形でILPを悪用することは予測できない、とドブジクは語る。悪用された可能性があるSLPについても同様で、同社は「違法行為に使用された会社に対してサービスを提供することはありません」とのことだ。

LASインターナショナルは、報道で詐欺の件を知り、Bitsaneに対するサービスを停止した、とドブジクは述べた。もし警察からの要請があれば「当局に対してのみ開示が認められている関連情報を提供したでしょう」とのことだ。

LASインターナショナルやLASフィデューシャリー、またはその社員が違法な活動をした痕跡はない。ドブジクからの返信の全文は本記事の末尾に掲載した。登記情報によるとLASインターナショナルは解散済みだ。

セーシェルやベリーズにいるILPのパートナー

ベリングキャットとサンデータイムズ紙が分析したデータからは、アイルランドとは一見何のつながりも持っていない人物や団体が、なぜILPに魅力を感じるのかがよくわかる。

ベリングキャットが分析した2015年から2021年までの期間に登記されたILPのうち、全体の3割弱の800社近くにはアイルランドに拠点を置くゼネラル・パートナーがいた。

2017年に登記されたILPのうち、501社のILPのゼネラル・パートナーはセーシェルかベリーズに拠点を置いていた。これは同年に設立されたILP全体の74%を占める。

当時、セーシェルもベリーズも、EUの税金管轄地域監視リストに含められていたが、その後指定は外されている。2015年から2021年のあいだに設立されたILPには、他の申告義務が少ない国、たとえばイギリス領ヴァージン諸島、パナマ、ケイマン諸島といった地域にゼネラル・パートナーが拠点を置いているものもあった。

合法的な事業体がILPになることを選ぶ場合もあるだろうし、こうして事業組織を設立することにまったく問題はないが、専門家によると、こうした手続きにおける機密性は、もっと不正な目的を持っていた場合にも便利だ。

バローによると、マネーロンダリングや詐欺などの国際的な不法行為に手を染める犯罪者たちは、追跡がとうていできないような、複数の管轄地域にまたがる入り組んだ迷宮を作り上げようとする。「アイルランドでILPを登記してはいるが、オーナーはマーシャル諸島の複数の会社で、取引銀行はバルト諸国にあり、経営者はパナマ人、ということもありえます」と彼は言う。複雑すぎて、「なんらかの法的手段をとることは不可能です」。

NPO団体トランスパレンシー・インターナショナル・アイルランドの代表ジョン・デヴィットは、ILPが国際的犯罪に使われていないとしたら「とても驚きますね」と言った。「法律の支配が弱い管轄地域にある会社であっても、ILPを設立することができるのですから」

llustration (c) Ann Kiernan.

ベリングキャットによる以前の調査では、驚くほどの数のウクライナ人やロシア人がSLPの経営を行なっていると最終的には突き止めることができた。しかし今回のILPについては、実質的オーナーに関するデータが少なすぎて、以前ほどはっきりとした結論を導き出すことはできなかった。だが、確かに、イギリスでは義務付けられるようになった、重要な支配権を持つ個人・事業体(PSC)の申告を回避するのにILPが一役買っているケースもあるようだった。

51社ものILPがイギリスの会社のPSCとして申告されていたが、このイギリスの会社のほとんどはSLPだった。この51社のILPは、ゼネラル・パートナーがすべてブルガリアかベリーズに拠点を置いていた。

これは違法というわけではないが、イギリスの会社に求められるようになったPSC明示化の規制をすり抜けているようには見える。

イギリスと違ってアイルランドはEU加盟国なので、EUの第5次マネーロンダリング防止指令(訳注:2018年に施行された、EU内でのマネーロンダリングおよびテロ資金供与を阻止するための対策指令。企業等の実質的オーナーに関する情報の透明性向上への対策、および暗号資産関連の規制が追加された)を法制化し、国内の会社に実質的オーナーの登録を義務付けた。

しかし、この規制は登記済みの法人のみを対象としているので、ILPは対象外だ。ILPのパートナーがそういった法人ならば別だが、ILPには実質的オーナーを明示する義務はない。

透明性の対価

ベリングキャットが以前SLPについて調査した際、関連データを集めるのは、今回のILPの場合とは違ってとても簡単だった。

イギリスの政府機関である会社登録所(カンパニー・ハウス)では、国内の事業者の情報が提供されており、無料でブラウズできるし、無料でダウンロードもできる。アイルランドの場合、同レベルの詳細な会社資料は購入する必要がある。

料金は、希望する書類1件につき、2.50ユーロ(約350円)だ。徹底した分析を行なうには数千件の書類が必要になることを考えると、今後も調査を進めていくうえではハードルが高い。ベリングキャットは結局、ILPの登記数が跳ね上がった2015年初頭以降に登記されたすべてのILPの設立書類を購入した。計6,000ユーロ(約85万円)の費用は、ヨーロッパ調査報道基金(IJ4EU)の助成金を活用した。

ベリングキャットは、こうして得られたILPのパートナー、所在地、設立エージェンシーのデータを照合した。

また、それぞれのILPの事業活動を調べ、違法もしくはグレーな活動に関わっているらしい危険信号があるかどうか確認した。

2015年以降に登記された約2,400社のILPのうち、600社以上がインターネット上にウェブサイトの類を持っている。いくつかは明らかに合法的な事業で、ヘッジファンド、投資ベンチャー、珍しいものではサワードウ・ブレッド事業もある。しかし残りについては、疑惑を消し去ることができなかった。

たとえば、インターネット上にウェブサイト類がある600社のILPのうち、数十社のウェブサイトには実際の事業内容がはっきりと書かれていなかった。連絡先の詳細もろくになく、あるのは登記された本社所在地だけ、それも単なる郵送用住所であることが多い。ストックフォトやその他の無個性な画像で埋められたウェブサイトも散見された。

ILPの正式名称を国際的な輸出入データをトラッキングするウェブサイトImportGeniusで検索したところ、多くがヒットした。これらのILPが輸出入事業を行なっている相手の国は様々だったが、特にロシアとウクライナが過半数を占めていた。

あるILPは、ロシアの国営鉱山会社の子会社と取引をしたという記録があった。さらに別の71社のILPはロシアとウクライナから輸出される商品の仲介貿易に携わっているらしいこともわかった。また、短期間に同一のエージェンシーによって設立された4社のILPは、原油タンカーを管理するロシアの企業と同じ名前を持っていた。

繰り返しになるが、ILPに実質的オーナーを明示する義務はなく、さらなる情報も見つからなかった。

他のILPには、たとえばウクライナ人女性を外国人に紹介する出会い系プラットフォーム、モデル業界での仕事オファー数を増やすというロシアのアプリ、ロシアの「ウェブモデル・エージェント」、ロシアのビザ・サービスなどがあった。これらのILPが違法な事業に関わっていると示す証拠はない。

セーシェルに拠点を置くある個人は、150社近いILPのパートナーとして記載されていた。2018年、このうちのひとつは、アイルランド中央銀行のプレスリリースにおいて、無許可の投資会社だとして名前を公開され、注意するよう呼びかけられている。このILPの設立エージェントはLASフィデューシャリーだった。これについて訊いたところ、ドブジクはEメールの返信で、弁護士や会計士のような法人顧客のために実質的な登記エージェントを務めただけであり、以前の顧客の事業活動に関わったことはないと答えた。また、この顧客を規制に従っていない投資会社と断定したのが誰なのか、またそれがいつ起きたのかも知らないと付け加え、LASフィドゥーシャリーはクライアントのILP設立と書類手続きをサポートしただけだと述べた。

売りに出されるILP

ILPそのものの売買もカネになるようだ。

ILPの一部は、様々なウェブサイトやインターネット上のスプレッドシートで売られていた。販売広告はロシア語であり、おそらくロシアもしくはロシア語人口の多い旧ソ連の国々の住人をターゲットにしているのだろう。

インターネット上にあった、ロシア語でタイトルとヘッダーが書かれたILPの広告スプレッドシート

ILPを登記する費用は50ユーロ(約7,000円)足らずだが、会社設立エージェンシーから既存(つまり営業していた記録が存在している)パートナーシップを買おうとすると、数百から数千ユーロかかる。

ロシア語のウェブサイトでILPが売りに出ている様子をおさめたスクリーンショット

アイルランド当局は、自国の事業形態がロシアのウェブサイトで売りに出されるのを止める術を持っていない。

いくつかのウェブサイトでは、設立書類の準備、住所の用意、デューデリジェンスの書類提出といった管理面をサポートする様々なサービスも宣伝されていた。よって、ILPの真正の実質的オーナーが、事業に関連した書類に自分の名前を記載する必要がまったくないということも、完全にありうるのだ。

パートナーがアイルランド居住者でなくても問題ないこと、EU加盟国に会社組織を持つ利点、税務上の有利さは、そうしたウェブサイトですべてILPのセールスポイントとして宣伝されていた。法人をILPのパートナーとする利点についても詳しく述べられていた。

アイルランド会社登記局を監督するアイルランド事業・貿易・雇用省の広報官は、サンデータイムズ紙の取材に対し、「現在、1907年リミテッド・パートナーシップ法のレビューを進めているところであり、レビューの過程で実質的オーナーの件や、透明性を確保する最善の方法を検討します」と答えた。

「このレビューは近日中に終わる予定であり、政府に一般計画を可能なかぎり早く提出する予定です」とのことだった。

しかし、ILPに強固なデューデリジェンス・システムが存在せず、実質的オーナーの申告が義務化されていない現在、Bitsaneのような詐欺事件が再び起きる可能性は残っている。

会社設立エージェンシーからの返信全文

アイルランド共和国におけるLASフィドゥーシャリーの以前の事業に関する貴方の要請は、わたしたちに転送されました。当社および関連企業はしばらく前に事業を完全に停止しています。

ご連絡いただき、また当社の過去の顧客に関する不愉快な状況について当社の意見を表明する機会を与えてくださり、ありがとうございます。 

LASフィドゥーシャリーの顧客の活動が「不許可の投資ファーム」と断定された件について、誰がいつそのような告発を行なったのか、当社にはわかりません。LASフィドゥーシャリーは、国際的な法人顧客(たとえば国際弁護士や会計士)のために、アイルランド共和国における実質的な登記エージェントを務めただけです。われわれが以前の顧客の事業活動に関わったことはなく、顧客の会社設立と書類手続きをサポートしただけです。

他のジャーナリストや調査者は、会社設立や郵便転送サービスの業界を知らずに憶測を重ねていますが、われわれは契約時点ですべてのKYC情報(アンチ・マネーロンダリング規制に準拠)を集める義務があること、顧客は新しく設立した会社について意図する事業活動だけを我々に告知し、その後銀行口座が開かれ、営業活動が始まるということをはっきり申し上げたく思います。

すべての会社は、当社が登記申請を行なう前に、実質的オーナー(該当する場合)を告知しなくてはいけません。 

確かに、過去に登記書類を当社が提出した会社で、後に不法行為に手を染めたと告発された会社も数社あります。しかし、そのような情報は、登記の前に当社には与えられませんでした。リミテッド・カンパニー、リミテッド・ライアビリティ・パートナーシップ、リミテッド・パートナーシップなど、どのような事業形態でも不法な事業を行う可能性がある会社は常に一定数存在し、これは会社設立エージェンシーや事務手続き担当エージェンシー一般にとって問題です。 

イギリスおよびアイルランド共和国におけるリミテッド・パートナーシップの人気は、年間維持コストの低さによって説明されます。年次財政報告書を提出する義務がなく、だいたいのケースにおいては年間売上高を申告する必要もないからです(この点でリミテッド・カンパニーとは異なります)。しかし、この形態の会社(リミテッド・パートナーシップ)がオーナーによって違法なやり方で悪用されると予測することは我々にはできません。

会社設立エージェンシーに責任があるとしたら、KYC確認を取引の前にすべて行なうからでしょうか? Bitsaneのような数千人に詐欺を働いた会社の設立エージェンシーであったことにより、LASインターナショナルが非難される論理的理由を示してください。こうした事件の情報は、同社に対して会社設立・書類提出サービスが提供された後に明らかになったものであり、そうした顧客に対するサービスは即刻停止されています。我々は常にKYC情報の提供についての警察からの要請には応えましたし、以前の顧客の違法な事業活動をサポートしたことはありません。 

国際的な顧客に対して我々はデューデリジェンスを実施し、必要とされるKYC情報をすべて収集しました。顧客が違法な活動に関係している、もしくは関係していると疑われているという情報がもたらされた場合、当社の取引条件に違反するため、サービスを即刻停止しました。確かに我々は、様々な個人の顧客のために我々のサービスを要望し購入した世界各地の仲介業者・販売代理店の専門家(たとえば弁護士や会計士)と協働しました。彼らの多くは東欧出身で、「ハイリスク」と見なされる人々です。会社、リミテッド・パートナーシップ、パートナーシップのどの事業構造を選ぶかは、常に顧客・オーナーによって決定されるものであり、我々が決定プロセスに関わったことはありません。 

否定的な評判および国際的な顧客によるリミテッド・パートナーシップの悪用のため、我々はこうした事業体にさらなる書類手続き代行サービスを提供することを止めました。 

 —— 

私個人はBitsaneに対する法的手続きに関して誰からも連絡を受けたことはありません。しかし、もし同社について警察からの要請があったなら、当局に対してのみ開示が認められている関連情報を提供したでしょう。我々がこの問題を知ったのはメディアの報道からであり、同社に対するさらなるサービスは即刻停止されました。 

KYC情報はすべて、顧客に対してサービスを提供する以前に当社チームが入手しました。同社は2016年に設立されています。実質的オーナーの通知はKYCコンプライアンス・プロセス(該当する場合)の一部です。EU一般データ保護規制により、我々は一部の法的機関にのみこの情報を開示できます。

確かに、我々は過去にスコティッシュ・リミテッド・パートナーシップについて法人化の書類手続きをサポートしたことがあります。当時、我々はこの種の会社がああいったやり方で悪用されるとは予測していませんでした。人気があるのは、年間の維持コストが低い(リミテッド・パートナーシップの場合、年次報告書の提出義務がないため)からだと考えていました。

通常我々は、捜査対象となったどこかの会社が我々の郵便転送住所を使っていたため警察から連絡を受けるか、もしくはメディアの報道を見て事件を知ります。前述したとおり、そうした会社は当社の取引条件に違反するため、即刻サービスを停止しました。我々は違法行為に使用された会社に対してサービスを提供することはありません。それは会社設立手続きの前に我々に対して顧客が通知した営業内容ではないからです。 

リミテッド・パートナーシップに関する否定的な報道や頻繁な警察からの要請のため、我々は同種の会社に対する会社設立手続きサービスを停止しました。LASインターナショナル(旧社名)とLASフィドゥーシャリーは、昨年任意解散を申請しました。これは我々のパートナーの会社カンパニー・フォーメーション・アドバイスLtdについても同様です。


ロス・ヒギンズ

ロス・ヒギンズは、ベリングキャットの調査員兼トレーナー。

ボー・ドネリー
ボー・ドネリーは、アイルランドのタイムズ紙とサンデー・タイムズ紙のシニア・ジャーナリスト。
Twitter @beaudonelly

本記事にはローガン・ウィリアムズが貢献した。 調査はヨーロッパ調査報道基金(IJ4EU)の助成金を受けている。国際新聞編集者協会(IPI)や欧州ジャーナリズム・センター(EJC)などのIJ4EU基金のパートナーは本記事の内容および利用方法に関し一切の責任を持たない。

Bellingcat 2022年6月18日
Inside the Secretive World of Irish Limited Partnerships

訳:谷川真弓