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LC/4の修繕
20数年前、青山のカッシーナにて衝動買いしてしまった寝椅子『シェーズロング(LC/4)』。
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建築家ル・コルビュジエと彼の従兄弟であるスイスの建築家ピエール・ジャンヌレ、フランスの建築家、デザイナーのシャルロット・ペリアンが創出した至高の「休息のための機械」。
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当時、日本では入手が難しかった茶革と淡いベージュ色のキャンバス生地を組み合わせた上品な仕様の一脚が催事用サンプルとして芝浦の倉庫にストックしてあると聴き、後先考えずに分不相応な逸品を迎え入れたのだった。
以来、出版の仕事で締め切りに追われ、徹夜を重ねて疲労困憊した心身がどれだけLC/4に救われてきただろうか? 身体のカーブに沿ったフレームに全身を委ねて沈めると、心地よさのあまり、たちまち眠りに落ちた。短時間で深い睡眠が得られるこの機械。たぶん人生最高の買い物、狂気と紙一重の即断が今は正しかったと確信している。しかし、毎日身を預けていれば生地は当然摩耗していく。3年ほど前にはキャンバス生地がついに破れ、家人に応急処置的に縫合してもらった。
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なるべくテンションがかからないようおっかなびっくり座り、かろうじて保ってきたが、つい先日、ビリッ!という嫌な音とともに補修箇所がさらに破れ広がった。
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ザックリと縦に開いた裂け目を直視したとき、あゝ駄目かなと絶望感が湧いた。生地の限界、新たに新調するしかないのかと諦め、カッシーナに問い合わせたところ、もはや自分の現収入では非現実的なプライスに高騰していた。いよいよ最終手段を取るか。じつは自分向きのチープな裏技対処法を以前から思いついていた。
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2019年夏、Found MUJIの企画「グジャラート州の手仕事」がスタートした際、青山通りの店頭に設置されたディスプレイに衝撃を受けた。鉄製の武骨なベッドに分厚い帆布(キャンバス)らしきシート生地にハトメが打たれ、その穴に通したロープでフレームにシートを極めて簡素に留めている。なんというインド流のおおらかさ。これでいいのか! こんないいから加減で充分なんだ!とアバウトな佇まいに魅了された。リクライニングできるアウトドア用チェアはコールマン製品の安価なものが人気だし、楽天市場やyahooショッピングのサイトで中国製の替えシート単体が容易に気軽に入手可能だ。この替えシートを少し加工し、インドのベッドみたいにロープでLC/4に張り留めればいいかな。そう考え、破れたキャンバスシートをフレームから外しはじめた。
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キャンバス仕様のLC/4はシート生地がフレーム内側に折り込まれ、30数個の頑丈なバネで繋ぎ留められている。このバネの張り具合がもたらすクッション性が快適至極で身体の重さをやんわりとソフトに受け止めてくれるのだ。アウトドア製品とは次元が違う精緻な造りが圧巻なのだが、いざ外して安易な代替え案に逃げようとしたら、今一度未練がましい気持ちになった。オリジナルの優れた機能を捨てるのが惜しくてたまらなくなり、キャンバスシートの補修に再トライしてみたくなった。都内で破れた箇所にキャンバス生地を当てて縫合してくれる椅子修理業者を見つけたが、見積もり額は6万円ほど。プロのきちんとした仕事ゆえ、仕方ないコストなのだが、依頼は躊躇。駄目元でDIY修繕に臨んだ。
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取り寄せたのは、刺し子針とベージュ生地に合いそうな柿色の刺し子糸。そう刺し子の手法で破れた生地をひたすら愚直に縫い合わせていこうと決めたのだった。
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たまたま実家にこもる用事があったので、シートを持参し、畳部屋で一日半かけて黙々とチクチク。裏面に接着シールが付いた椅子補修用リネン生地を当てて、その上から針をひたすら刺していった。刺し子のスキル、体験なんてもちろん皆無。YouTubeやネットのビギナー向けのhow toを参考に初挑戦。縫いの間隔やラインが乱れまくろうがおかまいなし。一心不乱に前へ前へと進んだ。気が遠くなる時間の流れと、頻繁する糸のもつれに時には心折れそうになったが、なんとか上手くいきますようにと祈り、繰り返し繰り返し手を動かした。
そしてゴール。潔癖症の人は気絶しそうなラフな仕上がりだけど、やり通せた充足感に包まれ、その晩は前から訪ねたかった墨田区立川のローカルパブで沁みる美味しさのナチュールワインを味わい、ひとり祝った。
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そして翌日、葉山の自宅に帰って早速フレームにシートをセット。おおーっ、蘇ったマイLC/4を眺めてジーンと感動。
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再生できたシートの下方部に光が差し、まるで歓喜で輝いているようではないか! 悦びの光景にまたまた自己満足、深く深く悦に入る。
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そして帰ってきたLC/4に冬の装いを。イランの敷物ギャッベで覆い、暖かなブランケットも用意。これで再び寒い時季もLC/4で快適に、快楽的にくつろぎ、心鎮めることができる。いっそうと冷えてきたら電気毛布を加えればいい。たいせつなぼくの生活必需品、おかえりなさい!