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あるカウンセラーとの対話で発見した自分【脚本】
2024年7月29日の日記より
最近の自分の書いた記事を読んでいると、昔の話や過去の話題が多いような気がした。よく、自分の余命を悟った人が過去を回想したり、昔のことを想い出してなつかしむということがありますが、もしそうなら無意識に自分の死期を悟っているのかなと自分の寿命が心配になってきた。もうすぐ死ぬのかな。病気、事故、突然死。どれもありえる、というか誰にでも起こる可能性は常にある。ただその現実に目を背けているだけだ。
年齢を重ねると、脳内記憶は当然膨大なものになり、過去に意識がフォーカスしやすくなる。やたら昔の自慢話をしたがる社員は大抵、自分がもうこの会社から必要とされなくなる時期が見えてきた人だと思う。バブルのころはよかったよね~ってよく回想する人たちは大抵多くの場合、現在に苦悩を抱えている。昔話は年寄りの専売特許とか、過去にとらわれず、今に生きよう、とか自己啓発本に書いてあるセリフを言うつもりはない。
過去を回想するのは悪いことではない。過去の記憶と向き合い、今の自分を見つめなおし、未来に進んでいくきっかけにもなる。あと、自分の忘れていた「夢」を思い出すきっかけにもなる。
わたしは幼稚園から小学生のころ「漫画家」になりたかった。5歳ごろからそのすぐれた観察力により、漫画の模写は驚くほど上手で、大人からもよく褒められていたし、同い年の友達からは漫画を描いてほしいとよくせがまれていた。何か得意なことがひとつでもあれば、無口な自分でも友達ができることを5歳で学んだ。
ほらこれこれ、ついつい話が過去に戻ってしまう。無意識にタイピングしているとついつい昔話になってしまう。これはどういう症状なのだろう、退行催眠ではないので、タイムスリップ症候群、いや過去回想病だ。
きっと何かの病なのだろう。
とコラム風にはじまり、小説風に展開するストーリー。
一体、何を伝えたいのか、自己分析すると、
多分、こういうことなのかと推測します。
あるカウンセラーとの対話で発見した自分の本性【脚本】
カウンセラー(白髪の女性心理学者)
イメージする演者:木村多江(53歳/メガネと白髪)
「最近、何かお悩みはありますか。」
相談者(65歳男性、さえない表情)
イメージする演者:小日向文世(70歳/メガネ着用)
「そうですね。悩みは常にあります。お金がないとか。仕事がないとか。友達がいないとか。彼女がいないとか。結婚は多分もうできないだろうとか。」
カウンセラー
「誰でもそういう悩みをもっているのよ。最近、何か楽しいことはやってますか。」
相談者
「人生自体があまり楽しくないですね。辛いことが多過ぎて。」
カウンセラー
「パリ五輪とか観ましたか。」
相談者
「開会式は90歳の父親と一緒に観てました。」
カウンセラー
「どうでした。楽しめましたか。」
相談者
「そうですね。世界にはいろいろな国があることが再認識できました。ただ観ててさほど楽しくはなかったです。戦争や餓死で毎日、ヒトが亡くなっている現実を想うとすべてが虚構の世界のように感じます。エンタメ産業をスポーツイベントで行ってる感覚でしょうか。世界の人々に何かメッセージを伝えようとしている意志は感じますが、パフォーマンスは大げさで品性にかけてるよう思いました。ファッションの国フランスのわりには、ゴダール映画やトリフォー作品のような前衛性や革新性がなかったです。」
カウンセラー
「映画のこと詳しいのね。」
相談者
「ええ、映画は18歳のころから興味を持ちつづけ、65歳の今でもいろいろ観たいと思ってます。」
カウンセラー
「あら、人生楽しんでません。さっきと違って顔色がいいわよ。」
相談者
「あっ、そ、そうですか。自分が好きなことを考えているとちょっとだけ楽しい気分になれるんです。」
カウンセラー
「わかったわ。あなたに足りなかったのは友達ね。」
相談者
「えっ、そうなんですか。確かに友達は最近めっきり減りました。というか減らしました。人間関係に気を使い過ぎて、いつも体調を悪化させていました。コミュニケーションスキルは、それなりにあるほうなのですが、そのことに労力を使い過ぎて、かえってそれがストレスになり、胃腸にきて、次は頭痛。そして喘息、呼吸不全と進行していくのです。だから自分の身体を守るための防衛手段として、友達をへらしたのです。」
カウンセラー
「多くの現代人はあなたのようなストレスを抱えて生きているわ。対人恐怖症や承認欲求症候群ともいえる自己顕示依存症。最近だとカスタマーハラスメントが怖くて仕事ができなくなったカスハラ恐怖症候群の患者も多いのよ。」
相談者
「へえー、そんなんですか。」
カウンセラー
「結論を言うわね。あなたはヒトのことを考えすぎてしまう傾向が強いの。自閉症のように自分の殻に閉じこもってしまうわけではないけど、ヒトとコミュニケーションをするときには、自己承認欲求を得るため、ヒトが好むような別の人格を創りだして演じているの。社会的多重人格発露症候群ともいうべきでしょうか。常に演じているのよ。相当疲れているはず。」
相談者
「ヒトと会うだけで疲れます。変な気が感染してしまう感覚です。」
カウンセラー
「その他者との同化現象は繊細すぎる感性の持ち主に多いわね。」
相談者
「どうすればいいのでしょうか。」
カウンセラー
「自分を演ずるのでなく、本来の自分のままを表現したらどう。きっとあなたにはあふれるほどの知識のストックと感性豊かな表現力があるはず。なのにヒトのことを気にしすぎて、その表現にブレーキがかかるの、というか無意識の自分がブレーキを踏んでいるの。」
相談者
「ブレーキって何ですか。なぜブレーキを踏むのですか。」
カウンセラー
「ブレーキは何事にも必要なの。暴走する精神や魂を健全に維持するために必要な機能として人間にはブレーキ備わっているの。スカーレットヨハンソンがサイボーグになった映画ご存じですよね。」
相談者
「攻殻機動隊ですか。」
カウンセラー
「あの映画のラスト近くでスカーレットヨハンソンが何かを食い止めるため、とんでもない力で何かを守っているシーンがあったでしょ。そのあと、さすがにその力が抑えこめなくて、手足がもげてしまったわよね。サイボーグにはブレーキはないけど、人間にはブレーキがあるのは自分自身が破壊してしまわないように護ってくれているのよ。それがブレーキ。無意識にブレーキを踏むことによって生命を維持しているの。無意識にブレーキを踏まなくなってしまったヒトが自殺をするのよ。」
相談者
「えっ。確かに府に落ちました。自殺の直前は大抵多くのヒトは悩みます。それはブレーキを踏んでいたのですね。わたしも何度か、死を考えましたが、どうしても踏み切れないのが未練とか、成し遂げられなかった事業が気がなってしまい、自殺をはかれませんでした。」
カウンセラー
「それでよかったのよ。こうやってわたしと対話できたのも死ななかったから。」
相談者
「ええそうですね。生きているからこそ悩めるんですね。ところで先生お名前は。」
カウンセラー
「ハナコっていうのよ。サワダハナコ。55歳。」
相談者
「えっ。ハナコって、花子ですか。わたしの母と同じ名前です。あと、サワダって旧姓ですか。」
カウンセラー
「サワダは旧姓で、わたし未婚なの。お母さんは健在なの。」
相談者
「2021年に93歳で亡くなりました。どしゃぶりの七夕の日の朝でした。自宅のふとんの上で安らかな表情で亡くなってました。7時に父に起こされ、母の死を知りました。」
カウンセラー
「そうだったのね。ハナコさんはある意味もっとも幸せな死を迎えられた幸運の女性ともいえるわ。ただ今でもその喪失感は残っているでしょ。」
相談者
「死後3年経過してますが、いまだに母の姿はよみがえってきます。たまに脳内で会話してます。何かあれば、ハナコさん護ってください~とよく叫んでいます。」
カウンセラー
「それでいいのよ。死者は別次元で生きているし、想いはリアルタイムで届いているのよ。」
相談者
「えっ、本当ですか。それなら安心してもう少し生きれそうです。これからはもっと自然な姿でヒトとコミュニケーションをとってみます。ありがとうございましたハナコ先生。」
カウンセラー
「またお会いできる日を楽しみにしてます。次回は9月16日に予約いれておきますね。では。」
次回につづく予定
※尚、相談者のセリフはすべて事実です。
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