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まず最初にあるのは意思

何をするにも、まず最初に意思もしくは意識がないと始まらない。

こんなことがしたい、あんなことをしよう、という意思ができる。

だから物事が動き出す。

当たり前だけど、この文章も私が書こうと思わなければこの世に存在しない。


なんでこんなことを言うかというと、私の母親のことで感じたことがあるから。


私の母は20年前くらいから、ちょこちょこ脳梗塞を起こしていて、10年前に本格的なやつを起こし、身体が不自由になった。

(余談です。母が入院している間に東日本大震災が起こりました。病院が免震構造だったため、母は地震に気づかなかったそう。とはいえ埼玉県の病院なので多少は揺れたと思うけれど、病院自体は全然大丈夫だった様子。免震構造ってすごい。)

最初は左脳がやられて、身体の右半分が動かしづらくなり、右利きだったため、字も以前のようには書けなくなった。

それでも日常生活はなんとかこなしていたし、料理や洗濯なんかもやっていた。

お箸は左手で持つようになった。

意思さえあれば右手でできなくなったことも、左手でできるようになる。


ちょうど母が倒れて入院していたときに私が妊娠したため、出産は里帰りにして、臨月の頃から約3ヶ月間ほど実家で暮らした。

生まれたての長男を抱っこしながら、杖をつく母と一緒に散歩したのがよい思い出。


その1年ちょっと後くらい、今度は右脳に脳梗塞が起こった。

私は大阪にいたので赤ん坊を抱えて慌てて駆けつけた。

病院で再会した母は、私に「会いたかった〜」と言ってくれるくらい元気だったけれど、さらに身体は動かなくなっていた。

時計も読めないみたい。

私にとってそれはけっこうなショックで、そこから1週間は毎朝のコーヒーを淹れることを忘れるくらい必死になって、どうやったら良い病院に転院できるか、どうやったら回復するか、どんなリハビリをすればいいのか、本を読んだりネットで調べたり、ありとあらゆる情報を集めていたと思う。


その中で、自身が脳梗塞になった日本の女医さんが書いた「壊れた脳 生存する知」という本に出会った。

人間の脳というのはすごいもので、一部が壊れてしまってもまた違う部分が発達し、その働きを補うというのだ。

著者も、脳梗塞の後遺症である高次脳機能障害を持ちながら、仕事をしている。

自身が回復したいとさえ思っていれば、その意思があれば、回復への道はある。

私はどうしても母にそう思ってもらいたくて、それを願っていた。


NHKの番組で、鹿児島のほうにリハビリに特化した有名な病院があるというのを見た。

そこのお医者さんがやっている理学療法的なメソッドの載った本を取り寄せて、母に試してみたりした。

でも、どうも母にはこれ以上回復しようという意思がないように思えた。

身体が本格的に動きづらくはなったけれど、トイレくらいは自分で行けるし、最愛の夫が四六時中一緒にいて面倒を見てくれる。

もしかしたらこの状況は、無意識かもしれないけど、母にとってそんなに嫌なことではないのかもしれなかった。


まずは本人にその意思がないと、周りがどんなにがんばっても、名医に囲まれても、状況は変わらない。

無力感を感じた出来事だった。

でも、仕方ない。

何事も、特に人はコントロールできないし。


その後も母は何度か脳梗塞を繰り返し、意識はあって目を動かしたり意思表示はなんとなくしてくれるけれど、お話することができない。

その上この1年は感染症騒ぎで会いに行くことすらできていない。

介護も父に任せっきり。

そろそろタイミングを見計らって、両親に会いに行こうと思う。

これも意思。


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