異色のピアニストが残した「幻の音源」
北海道出身のジャズ・ピアニスト福居良さん(1948-2016)が亡くなった後、再評価されているという話を先月、書きました。
本日はその嬉しい続編です。1977年の未発表ライブ音源が発掘され、LPとCDで発売されたのです。「ライブ・アット・びーどろ’77」、その内容は鮮烈なものでした。
福居さんは異色の経歴を持っています。この演奏が行われたのは29歳になったばかりの時。実はピアノを始めたのは22歳になってから(!)なのです。それ以前は民謡演奏家である父親を手伝うためにアコーディオンを演奏していました。
「ピアノを覚えた方が食べていける」という父親の勧めでピアノを始め、そこからジャズの道へ進みます。もともと音楽をやっていたとはいえ、新しい楽器で、しかもジャンルが違うところに飛び込んで急速な進歩を遂げたことが驚きです。
ピアノを始めて6年後となる1976年にはデビュー作「Scenery」を、77年には2作目の「Mellow Dream」を制作。
今回の「ライブ・アット・びーどろ’77」はちょうど2作品の中間にあたる時期に札幌で収録されたものです。
当時、福居さんのアルバム制作に情熱を傾けていたプロデューサーが個人的に、しかしきちんと機材を使って録音していたことが幸いしました。十分な音質で当時のライブの生々しさを捉えることができたのですから。
演奏の内容ですが、とにかく「熱い」です。
ライブで時間の制約がないということがあり、スタジオとは全く違った自由な雰囲気の中で当時のレギュラー・トリオが存分に腕を振るっています。
若いメンバーが互いに遠慮せずにぶつかり合っており、1970年代のジャズが持っていた「未完成さ」も含めて味わうことができます。
福居さんは発表する作品に関しては完成度を強く求めていました。生前に発表した5作品は全てスタジオ録音形式で、ライブを残そうという意志はなかったと思われます。
福居さんの妻で、この作品のエグゼクティブ・プロデューサーでもある康子さんの言葉がライナーノーツに紹介されています。
「良さん自身はこの音源のレコード化を許さなかったでしょうね。でも当時、生の演奏を聴けた人はわずか。良さんが若いときにどんな演奏をしていたか知りたい人たちもいると思います。粗削りでダメなところもいっぱいあるけれど、それも含めてあのころの福居良の姿。多くに人に聴いてもらえたら嬉しいです」(尾川雄介氏のライナーノーツより)
確かに「粗削り」ではありますが、ハプニングを許容し、そこから発展させていくというジャズの本質を民謡出身の若者が確かに掴んでいたこと。そのドキュメントを聴ける幸福感は何物にも代えがたいです。
1977年6月8日、札幌「びーどろ」でのライブ録音。
ドラムの福居良則さんは良さんの実弟です。
福居良(p) 伝法諭(b) 福居良則(ds)
①Mellow Dream
今回のアルバムの白眉となる演奏です。福居良さんのリリカルな代表曲ですが、当時は「出来たてのほやほや」だったはず。この曲をライブで演奏する時、福居さんは毎回異なるイントロをつけており、ここでもピアノ・ソロで非常に繊細なイントロを3分近くにわたって弾いています。最初の一音はまさに「そっと」置かれるような音。一つ一つゆっくりと置かれていく澄んだ音がやがて繋がれ、美しい流れになっていくところが聴きどころです。
そして、あのロマンチシズムを感じさせるメロディが登場。途中からトリオによる演奏となり、ピアノのタッチも強くなって夢に躍動感が加わっていきます。
まず良さんのソロ。ここからはリズム陣が4ビートとなり、ピアノのスピードも次第に速くなっていきます。ライブらしいのは熱気の増し方が激しいこと。6分ぐらいのところからピアノも次々とフレーズを「打ち込む」ようになり、ロック出身だという良則さんのドラムもダイナミズムを増していきます。7分~9分台ではドラムの強い煽りを受けながらピアノのタッチが激しくなり、互いの「対決」かのような場面もあります。
ここまで熱い「Mellow Dream」があったとは!
2人のぶつかり合いを伝法さんのベースが間に入って支えている感じです。興奮の展開を経てドラム・ソロへ。盛り上がりの頂点からのソロなのでさぞ派手に行くかと思いきや、良則さんのソロは力強くはあるものの、意外に冷静。連打で山場を作った後はシンバルを静かに鳴らす展開でクールダウン。これが曲全体の世界を損なわないために有効な役割を果たしています。やがて静かにメロディへトリオ全体が戻り、エンディングへ。全部で16分近くに及ぶ長い演奏ですが、あっという間に聴いてしまう熱演です。
③Body And Soul
有名なスタンダードで、福居さんが長い間にわたり演奏した曲でもあります。メロディは特に崩さず、かなりのスローテンポでゆっくりゆっくりとフレーズを紡ぎだしていきます。おそらく、この曲を本当に「愛でて」いたのでしょう。ソロに入っても「ゆっくりさ」は続き、訥々とした語り口調が続きます。印象的なのは右手の音の「きれいさ」。4分40秒過ぎから少しだけタッチが強くなり歌い上げるようなソロになりますが、その音が非常に美しく、若者らしい率直さもあります。こんなに説得力のある音をライブで聴けたらいいだろうなあと思ってしまいます。続く伝法さんのベース・ソロも音を絞った抑制的な展開。ピアノに戻り、エンディングの最後の一音の置き方がかなりお洒落です。
その他、⑤Mr.P.C.では福居さんがモーダルなアプローチをしており時代を感じさせます。
実は今回、福居さんの旧作が他にもCD化されます。
前回の記事でご紹介した「マイ・フェイバリット・チューン」に加え、
「Ryo Fukui in New York」、「ア・レター・フロム・スローボート」です。
以前は手に入りにくかった福居さんの諸作品を手にする機会がこんなに増えるとは!しかも今回の「びーどろ」には英文のライナーノーツも掲載されており、海外でも人気が高まっているということを実感します。
まだまだ「福居良現象」が続きそうな勢いです。
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