冷めればほどほどに暖め直して 〜『すべて忘れてしまうから』を読んで〜
信じられなすぎて笑っちゃう。
私は3人兄弟の末っ子で、姉と兄がいる。普通の高校に通い、浪人して平均的な大学に行った私としては、高校は進学校に通い、現役で偏差値のいい大学に行った2人は頭がいいなと思うし、仕事も2、3年で辞めては毎度フラフラしている私と比べて、同じ会社で何年もバリキャリで働く姉はめっちゃくちゃちゃんとしてる。兄は以前、働いてる会社(業界?)がブラックすぎたのか気を病んじゃったようで失踪した過去があるので、仕事に関しては私とどっこいどっこいだなとは思っている。けど、不可抗力だし、今は一つの会社で長く働いてるから、やはりこちらも私よりちゃんとしてるか。
そんな彼らなのだけど、片付けられなさや忘れものの多さが尋常じゃない。
例えば、姉は机や椅子、子供が昔遊んでたおもちゃなどの有象無象を部屋に詰め込み、まるでゴミ収集車の中身のような状態を何年間も放置して、一部屋潰し続けている。部屋の回復の見込みはない。そして兄は、1年間に何回も鍵や財布をなくし、解決策として、なくせないものを肌身離さず持っておくためにどんな格好であっても常にウエストポーチを両腰につけるようになった。私も片付けられなかったり、うっかり忘れたりは多いので大概なのだが、彼らに比べたら尋常に入らないと尺がおかしなことになる。この「ちょっと信じられないんですけど…」な2人を間近で見ていると、大概のできないや嘘でしょwな人もありえるよなと思ってしまう。
何にも覚えてないな・・・、この人。
読んでいたのは、燃え殻さんの『すべて忘れてしまうから』
彼の日常や思い出が主に書かれている短文のエッセイで、文章のリズムがいいのか読みやすい。
単行本サイズも出ているよう。こちらの雰囲気のカバーデザインもかわいいな。
読み進めていくことで確信に変わっていく、基本的にこの人、何も覚えてないなということ。プロの物書きなので、文章としてここは覚えてないことにして、曖昧さを出した方がアンニュイとかエモいとかいうテクニックの可能性もあるとは思うが、たぶんガチで覚えてないのを素直に曖昧なまま伝えてるんだと思う。
けれどそれがリアルでいいのだろうなと思う。真実を話しているんだというリアルさ。仮に作り話だったとしても(まぁ、ないと思うけど)、よく覚えてないは真実味を持たせる力があるように思う。
「あの、ネルソンズじゃなくて3人組の。角刈り・・・、あのー、アタック西本。角刈りの型を通り抜けるやつとか。似てないモノマネやり続けるネタのトリオの・・・。ひとりは今休んでるんだけど。あー、なんだっけ。面白いんだよ。えーっ。ちょっと名前思い出せないや。ジがついたっけな。」
現実での会話を思い出してみると、だいたいが曖昧だ。そして大枠はぼやけてるのに、ピンポイントなところやコアな部分だけ謎にちゃんと覚えていたりする。私の元から備えた記憶力のせいや歳をとったことによる衰えの可能性もなきにしもあらずだけれど、大概の人はやんわりしちゃった記憶で会話していると思う。
一方的に書かれた文章ではあるのだけれど、曖昧さを含んだ文章は読む側としては会話してるようにも感じ、読みやすく伝わりやすいのかもしれない。本当に大切なところ以外は基本的にぼやぼやしてる方が伝わるのかな。こちらから焦点を絞る必要がないので言いたいことだけはっきり見える。
そう考えると、伝わる文章のひとつって写真みたいだなと思った。背景がうまくボケてる写真は被写体がはっきりして見惚れるけど、かけ過ぎても際立ち過ぎて違和感を生むし、かけな過ぎても被写体が中途半端な見え方になって何を見せたいんだかわからなくなる。
写真も文章もそうだということは、表現と呼ばれるものや作品は曖昧さをいい塩梅で入れていくと現実味が出るのかもしれない。
程度の差こそあれ、みんな曖昧な記憶で生きていて、そして気にもしないで忘れていく。だから記憶以外の方法で残していくことは大事なんだと思う。絶対に必要じゃないけど、絶対に必要だと思う。これからも続くなんでもない日々に、いつか私が冷めてしまいそうになった時に、それらは微かな暖かさをくれるはずだ。
阿部寛さん主演でドラマ化もしている。あらすじをみるに、全然本の内容と被ってる部分がないように思ってしまう。このあらすじみたいな話が本に入ってたのかな、私が忘れちゃっただけで。という本を読んだ直後なのに内容をちゃんと覚えている自信がなく、私が読んだ本からドラマ化したものだよな・・・と何度か確認したけど合ってるっぽかった。
作品からインスパイアなのか、見てみると随所で本の内容が入ってくるかなのかわからないのだが、こちらも近いうちに見てみたいなとは思っている。しかし、しばらくしたら、ディズニープラスで独占配信なのを忘れてHuluとかNetflixとかでやってないかなって探しだすんだろうな、私。