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【創作小説】飢餓不死鳥喰 第六夜

十五、虚言

侍女「はい、妾は確かに聞いたんです。奥様の割れんばかりの悲鳴を…。でも何事かと駆けつけた時には、既に奥様の姿はそこには御座いませんでした。なにしろ最近、奥様は常にお人払いをなさっていて……ええ、そうなんです、あの雛を拾ってからというもの、奥様の雛への愛着ぶりは…不謹慎を承知で言いますが、あの先に身罷られた黒王様を思い出させる程で…。雛に与える食事だって、喪中なのにも関わらず奥様が表立ってあちこちの国から取り寄せてらしたし、御自分の手をわずらわせてお作りになっているような有様で…正直、薄気味悪くも思ってました…。いいえ、妾だけじゃありません! 他の侍女のみんなだって、口にはしなくても多かれ少なかれそう思ってたはずです! はい、ああ:…そうでした、すみません。妾が奥様のお部屋に入った時には、奥様の姿はもう何処にもなかったんです。え? はい、そうです。鳥籠の中の雛……いいえ、それはわかりません。ただもう、夥しいほどの血が、壁と言わず床と言わず、あの広い奥様の部屋が真っ赤で…ええ、大丈夫です…本当に、部屋の至るところに飛び散っていて、妾は目眩がして立っていられなくなりました。このまま気絶するんじゃないかと思った時に、やっと他の者がやって来たんです。ああ、すみません、どうでもいいことでしたね。妾は部屋の外で待ってたんですが、聞きましたか? 他の者が言うには…部屋に入った時にはまだ絨毯に染み込んだ血も真っ赤で…奥様のお召しになっていた着物だけが、横倒しになった鳥籠の近くに脱ぎ捨てたように置かれてたそうです。それもやっぱり、血でべったりと汚れて…はい、妾も後で部屋に入った時にそれは見たんです。え? なんのことです? あの雛が? そんなまさか! だって、本当に小さな雛だったんですよ。あの雛が奥様に何かしたなんて、絶対に考えられません! それに、あの、ここだけの話ですけど妾、奥様に内緒でこっそり何度か雛を見たことがあるんですよ。あの雛には、なんというか不思議な愛らしさがあるんです。私も最初に見た時には、なんて醜い鳥だろう、奥様もこんな汚い雛を拾って来るなんて、慈悲深いけれど物好きな、って思ったんです。でも、あの、じっと見つめてる内に、本当に不思議なんですけど、なんだか次第に可愛く思えてきて…。奥様が雛を拾って二、三日もしない内に、あの雛がなるべく人目に触れない様、隠しておしまいになられたけど、妾はちょっとでも雛を見て居たくて…いいえ、妾だけじゃないですよ、他にも同じように考えてた娘たちが何人かいますから。ああ、今の聞かなかったことに…、え? そうですか、よかった。ばれたら妾が怒られちゃいますから。ええ、はい。それで、何度か奥様にばれないように、こっそり奥様の部屋で雛を見たことがあったんです…。ええ、ぜひお願いします。ほんとうに他言無用ですよ。それから…そうです、ですからきっと何者かが奥様を刺し殺し、雛と一緒にどこかへ連れ去ったのに違いありません! だって奥様はあの黒王の寵愛を受けた比類なく美しい女性ですし、あの雛と来たら、それよりももっと不思議な愛らしさがあったんですもの!」

終、美しい鳥

 
 かつて、一年中灼熱の太陽の輝く南方の多島群域の中に、淡い虹色の光彩を放つ、美しい鳥たちの棲む島が存在するという伝説があった。しかし伝説の鳥たちについては、語り継がれる長い年月の間に、いくつもの記憶の破片が取り零されてゆき、散らばった破片のわずかに残る一部だけが、細々と人々の口から口へ語り継がれた。

 鳥の躯から放たれる淡い虹色の光彩は、その美しさ故に見るものを魅了し、またまやかしの力を帯びて、鳥を見るものの望む姿に変えて見せる。しかしこれらはすべて、今では誰ひとり知ることも記憶することもない、失われた伝説である。鳥について今でも残る伝説は、最早ほんの欠片にしか過ぎない。

 そうしていつの頃からか人々は、伝説の中の鳥たちを自らの夢の名で呼ぶ様になった。

 即ち、不死鳥と。

【了】


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