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【創作小説】飢餓不死鳥喰 第一夜

 

序、伝説

 古代より、彼の鳥の伝説はあった。一年中灼熱の太陽の輝く南方の多島海域の中に、淡い虹色の光彩を放つ美しい鳥たちの棲む島があるという伝説が。伝説の中で鳥たちは人のように言葉を交わし、食事は暁に咲く花に降りた露とあった。羽根の色は霞がかるかの如く見る向きによってとりどりに変化し、さらに太陽の光を浴びる時、その輝きは一層増すと、長い年月をかけて彼の鳥の姿はそう語り継がれた。

 こうして伝説の鳥は、人々の口から口へと語られゆく長い年月の間にいつしか、人々の夢の名で呼ばれる様になった。

 即ち、不死鳥と。


一、不死鳥狩り

 時を経てこの世を支配していたのは西国の女帝だった。彼女の権力の前には誰もがひれ伏し、彼女の思いのままにならぬものはこの世にひとつもない、彼の時代。

 西方の女帝はある時、南方の多島群域に散らばる多様な民族を制圧し、彼らの土地を我がものにしようと兵を差し向けた。その内の一隊がある時、名もなき島のひとつに見たこともない鳥がいるのを見つけた。鳥の姿を目にした者は皆、一様にその鳥の美しさに心を奪われた。兵士のひとりが鳥の一羽を捕え、西方の女帝への献上品として西国の女帝へと送り届けた。

 宮殿で彼の鳥を目にした女帝は、その鳥のあまりの美しさに激しく嫉妬し、新たに兵を集めて南方の島に棲む鳥を、一羽も残さず殺す様、命を下した。

 女帝の兵によって多くの鳥たちが狩られ、その死骸は積み重ねて焼かれるか、或いはそのまま島の海岸へ打ち捨てられた。

 小さな島を取り囲む紺碧の海は、鳥の死骸から流れ出る血で染まった。その色は太陽の陽射しに浴びて、鮮やかな虹色に輝いているように見えた。

 斯くして、鳥の数は激減した。


二、北方の黒王

 再び時は移る。

 今や世界の覇者は北方の国々を拠点とする猛き王であった。彼は民から黒王と呼ばれ、親しまれていた。かつて世界をその掌中に収めた西国の女帝は、既に南方の多島群域の島々に伝わる不死鳥の伝説と同じように、伝説の中の出来事に過ぎなかった。

 黒王の暮らす宮殿は、都の中央の高台に有り、彼の威厳と権力を示すかのように聳え立つ。

 彼は父王より王位を譲り受けると、持ち前の才能を余すことなく発揮し、数々の戦に勝利して、瞬く間に自国の領土を増やし、加えて新たに自分のものとなった土地を善く治めた。

 黒王の臣下たちをはじめ、都の民は口を揃えての功績を褒めそやした。

 黒王こそ王の中の王である、と。

 賛辞の言葉は黒王の耳にも届き、彼は快くそれを受け止めた。民の言葉は彼にとって紛うことなき事実だった。西方と東方の地は概ね彼の配下にあり、南方の多島群域に散る少数民族がわずかに抵抗を続けていたが、それも時間が解決するであろうことを、黒王は確信していた。

 程なく、南方の地は黒王によって制定され、世界は彼のものとなった。

 新たな王のもとへ南方の地よりある様々な品が運ばれてきた。宝石や装飾品はいうに及ばず、珍しい食材や細工物、そして道具や布地、あるいは植物や動物、そして女たち…。 多岐に渡るあらゆる品が、王への忠誠の証として、各地より献上された。

 黒王はこの世のすべてを手に入れ、彼がひとたび望めば使者が世界の果てまでも送られ、彼の自由にならないものなど、最早なにひとつとしてないかの様であった。

 だが、やがて黒王はそんな自らの生活に飽いた。
 黒王は幼い頃より利発で賢く武芸に長けており、周囲の人々は当時から彼を王の中の王となる太子である、と評していた。彼はそれを自覚して育ち、実際に王として必要なあらゆる資質や素養を、彼は労することなく得ていた。しかし今や、政は有能な家臣たちによって取り纏められ、万事に滞りなかった。
 戦い、制圧せねばならない相手も存在せず、頭を抱える難題も無く、遊び事に興じても、後宮に暮らす美しい妻たちと過ごしても、浮き立つ心は一時の幻想でしかない。ならば、と王は心を静めて学問に勤しんだ。彼は学問においても、水を吸う渇いた樹木のように、一度それを自らの内に取り込むと隅々まで行き渡らせ、ひとつも無駄にすることもなかった。書物や詩など、目を通したのが一度きりでありながら諳んじてみせることなど、王にとっては容易いことだった。

 黒王はまさに生まれながらにして、王たるべき人物だったのだ。

 そしてそんな彼は今初めて、すべてを手に入れてみて初めて、自分が何をしたら良いのか、また何がしたいのか、まるきりわからなくなっていた。彼には最早、自分の為すべきことの見当がつかなくなっていたのだ。

 黒王は途方に暮れた。

 彼自身が其の様であっても、相変わらす臣下たちは彼を誉め称え、妻たちは心細やかに彼に接し、民衆の黒王への信頼と支持は増すばかりであった。
 黒王は彼らの内の誰ひとりにすら、本当の心を打ち明けることができなかった。

 けれど彼は今、本当に、心より、途方に暮れていたのだ。

 そんな折り、例年通り朝貢の時期が訪れ、黒王は各地より送られて来る素晴らしい品々に目を通し、使者に労いの言葉を掛けた。

 西方、東方、そして新たに彼の支配下に置かれた南方の地より運ばれた品々は、北の大地に生活する者には目を瞠る程珍しいものも数多くあった。

 しかし代々続くこの制度の中、黒王にとって目新しいものなど既に無いに等しく、彼はこの儀式にも飽いていた。

 ところが、この度はやや様子が違った。

 慣例通りの挨拶を交わしながら使者を迎える内、黒王は少しばかり自らの興味を引かれる品を見つけたのだ。

 それは新たに彼の国の属国となった、南方の多島海域の中にある小さな王国より贈られた品で、多島海域の島々の中にあってもとりわけ辺境とされる島のひとつで見つかり、捕えられたという一羽の鳥だった。

 鳥は金細工の鳥籠に収められ覆いを掛けられ、黒王の前へと差し出された。

 使者が彼の前で籠を覆っていた布を取り払うと、その中には一羽の鳥が横たわっていた。

 鳥は今にも息絶えようとするかのような弱弱しい姿で羽根を広げ、その身体は全体が淡い虹色に輝いている様に見えた。

 王はその鳥の姿に思わず玉座より身を乗り出し、その美しさに溜め息を洩らした。

 彼は今までこのような鳥を見たことがなく、風聞にすらきいたこともなかった。彼は南方より来たる使者に向かい目の前の鳥の名を訊ねたが、使者たちは王の言葉に恐縮しながらも一様に首を振り、鳥は偶然に見つかったもので、南方の民ですら誰もこの鳥の名を知る者はいなかったことを、王に伝えた。

 王は不服に思ったが、そんな心中を察したひとりの臣下が彼に向かってこう言った。

 この鳥は、ともすれば古い言い伝えの中にのみ存在していた伝説の鳥ではないか、と。

 伝説の鳥は、淡い虹色の光彩を放つ、美しい鳥。

 黒王は一目で、彼の鳥の虜になった。

【第二夜へ】


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